第二十二章 ギフテッド⑥

 かつてのバンド仲間三人と飯を共にし、別れた後。


 貸し駐車場から、ワゴンを発車する。

 広い車内に一人きりだ。

 

 後部座席のシートは全て倒され、ギター、ベース、ドラムセット、その他機材で、天井まで隙間がない。

 バンドメンバー達は、音楽から足を洗う際、楽器を全て高城に預けて行った。

 いわば、後ろに積まれているのは、彼らの魂で出来たジェンガである。

 

 乱暴なバイカーに注意を払う。

 もう二度と味わうこともないだろうと思っていた運転のストレスに、口の端を思わず歪める。

 

 ニューアリアの石畳をこいつで飛ばして、フランケンズ・ディストの元に駆けつけられたらどれだけ良いだろうと思う。

 だが、ダッシュボードに走行距離をどれだけ刻もうが、辿りつくことは、もう無いのだ。

 

 意識を残したまま納棺されたら、こんな気持ちになるのだろうかと、高城は思う。

 その場合、後ろの楽器達は枕花だ。

 

 景色が流れる。

 ラーメン屋から派出所まで、何もかもが能天気に見えた。

 

 これから先、地球での人生に、自分の興味を惹きつけてやまないものが待っているなどということがあり得るのだろうか。


 高城は少年時代を振り返った。

 中学の頃の事。 

 

 生活の安定した不幸な家だった。

 一見、デパートで靴を売っているだけの父は、何故か高給取りだった。

 余った収入の全てを週末のギャンブルに費やしたが、どこかから借り入れてまで熱狂することはせずに、家族を破綻させることなく、その中身をゆっくりと腐敗させていった。

 母はヒステリーだった。衝動買いしてくるものが服や宝石ならまだ良かったが、なぜか犬や猫ばかり買ってくる。その癖、自分で面倒は見ないのだ。だから家での高城はずっと、四人の弟と一人の妹の世話をしなければならなかった。母は言った。「こんなに懐かないとは思わなかった」。それは自分で餌を上げないからですよと教えてやりたかったが、正論とは得てして劇薬なもの。母に与えればひきつけを起こすに決まっていたから、ずっと、黙っていた。

 

 学校生活は空虚だった。

 女のことは好きだった。セックスに人並み以上の関心があったため、話をしたこともない女子達に交際を申し込んでは振られたが、彼女達はそのたびに、高城の箸の持ち方が汚いことや、他人から見れば学ランが毛玉だらけであるということを教えてくれた。教訓を吐きだすガチャみたいに。だから男を磨くのに、とりあえずは役に立った。

 

 一方で男からは、たらし呼ばわりされ、遠巻きにされていた。

 いじめられそうになったこともあったが、すかさず暴力で返した。

 自分が悪いと思ったことは一度もない。子どもの社会から放り出されるより、泣き寝入りしてしまうような自分になることの方が恐くて、たまらなかった。

 

 教師からの評判は、悪かった。

 ルールを守れとよく叱られた。しかし、高城にとって、ルールとは常に差別的な性質を持った、悪魔であった。野球部の連中と同じように高城が掃除をさぼったとして、ノリと勢いだけで教師に気に入られているような連中だけがお咎めなしとくるのだから、なんの権威も感じることが出来ないのは、当然のことだった。

 

 授業中。

 机の下で、漫画を見て、アダルト雑誌を広げた。

 授業に関心を持てと、教師は憤っていた。

 だが、無理な相談だった。

 高城は机の下で繰り広げられる世界にも、黒板に向けるのと同じ無関心を抱いていた。

 

 手に入るどんな知識も、あらゆる現実とは無縁で、別の世界の出来事のようだった。

 どのようなメディアも、現実が現実的な問題を解決してくれないことに対する矛盾を、解き明かしてはくれなかった。

 

 そんな中で音楽に嵌ったのは、しょうもない生き方しかできない自分を、誰かに肯定してもらいたかったからだと思う。

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