第二十二章 ギフテッド④

「君は人を信じていないね」

 

 ああ。

 高城は、思い出した。


 洋楽だ。

 

 子どもの頃、英語など全く理解できていなかった頃。

 海外の音楽を聴いた際の感覚と、酷似しているのだ。

 

 何一つ伝わってこないにも拘わらず、何か自分にとって価値のあることを言われている気がして、興味を抱かずにはいられない、魅力。


「そんな君は、素晴らしい音楽によってしか人間は変わることの出来ない存在

だと考えている。なぜなら、自分がそうであるから。他の人間も同じであることを疑えない」


「そんな大それたこと、考えたこともないっすけど」


「? 今その説明はしたばかりだろう」


「あ、え?」

 

 話は滞りながらも、止まることなく、進んでいく。


「けれど今のままでは、君の音楽はずっと、幻想のままだ。長い時間をかけ、君がこんな場所で行き止まってしまったのは、ほんの些細な行き違いの所為なんだよ。一つずつ、丁寧に思い出してごらん。そうすれば、置いてきたお友達に君が与えてきたものに、君自身も気がつけるはずさ」

 

 難解にして、優しく。

 されど、諭されるような不快感も無く。


 高城はただ、頷いた。


「結局の所、天才の為せる偉業は、一つしかない。己の中の独創的起源と、他者の中にある普遍的起源との隔たりに、気がつくことだ。……はは、天才の為すべきことにしては、余りにもスケールが小さく思えるかい? 無理もないか。他者の評価も、自己の評価すらも関係の無い場所で、自分達にとって最大の偉業が成し遂げられるだなどと、人間に信じられるはずもないのだから。やはり、人にとって一番の不幸は、自分達のなせる一番の偉業が、自分達には認識されないことだね。けれど、覚えておきなさい。……これこそが唯一、世界と世界を繋ぐ道なのだから」

 

 頭の中で、下方に叩きつける風が吹いた気がした。

 埃になって散漫に浮いていた言葉達が、一斉に着地した。

 

 だが、そこで咳払い。

 プロデューサーの隣に座った男からだった。

 

 プロデューサーは、申し訳なさそうな笑みを浮かべながら、頭を下げる。

 長すぎる説教に痺れを切らした男のせいで中断を余儀なくされたように見えるが、不思議と高城には、プロデューサーが男に咳払いさせた様に思えていた。



「すまない。久しぶりに同郷の人間から、ということで、少々肩入れが過ぎたようだ」

 

 椅子から立ち上がるように、促される。

 ギターケースを担ぎながら、高城は長机に背を向け、ドアへと歩いていく。

 

 ふと、立ち止まる。

 寂寥が一気に訪れる。

 

 最初にこのドアを開けた時には、長いエルヴェリンでの生活など、欠片も予期していなかった。

 そして今、自分を異世界へと誘った部屋から出て行くことで、エルヴェリンとの関係が、完全に断たれてしまう気がしたのだった。


「合格の場合は、使いの者が、行くことになっているからね」

 

 プロデューサーに声をかけられる。

 終始無礼だった高城を責める様子もなく、最後まで微笑を絶やさなかった。

 

 高城の手首から先が独りでに回る。

 いつの間にか、ドアを開けていた。


黒野くろのさんて、九州の人だったんすか?」

 

 部屋から出て、ドアを完全に閉めきる前。

 高城は高木の声に、ほんの一瞬だけ振り返った。

 

 気付いたのは、高城だけだった。


 プロデューサー……黒野と、面と向かって会話している高木でさえ、まるで、目に入って無いようであった。

 

 黒野が下半身に巻き付けた、ダメージ・ジーンズとは名ばかりの布切れ。

 切り刻まれた布地の隙間から。

 

 折れ、歪曲した、銀色の針達が、這い出ている。

 

 異形の姿。

 

 黒野の半身は、腿からくるぶしにかけて、時計の針の苗床だった。

 

 部屋の外。

 閉まりきった、ドアの前。


 高城は息を飲んだ。

 見間違いだと断ずるべきだったが、出来なかった。

 しかし、もう一度ドアを開けて確かめる気にもなれなかった。

 ニューアリアの空気が自分の身体の中にまだ残っていて、それが錯覚を見せたのかもしれない、という恐れも残っていた。

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