第二十二章 ギフテッド③
「君が変えたかったものは本当に世界だったのかね。もしそうだったとしたなら……君にとって、世界とは何だ」
高城は答えられない。
それは、プロデューサーの質問が漠然としていたからではなかった。
薄皮一枚隔てた先にある、とても身近なものに手を触れることが出来ない苛立ちに、高城は襲われていた。
プロデューサーの目は、微笑みは、理知に溢れていた。
今の自分は、とんでも無い馬鹿として見られているに違いない。
高城はそう思った。
だが、そんな焦りを見透かすように、あるいはからかうように、プロデューサーは、とんでもない言葉を続けるのだった。
「君は、天才だね」
これまでの話しぶりから一転。
口にされた言葉は、皮肉にしても単純すぎた。
高城は意思に反して、プロデューサーの言葉を賞賛と受け取ることしか出来なかった。
だから、慌てて、言い返す。
「俺は……そん、な……」
「私が天才だと言ったのはね、君が世界観の断片を握っているからなんだ」
「せかいか……え?」
柔術にかけられたみたいに、面食らう。
分かりやすい言葉をダシに、高城は再び、理解の及ばぬ会話の内へ、深く引きずり込まれてしまった。
「天才とは、上辺だけのテクニックや、目に見える成果だけで判断できるものではないと、私は考えている。個人としての長い付き合いを経て、相手の中に垣間見えるような性質を持っている、とね。才能の正体とは、究極的に言えば、認識のズレのことだ。
虫食ってんのはあんたのジーンズだろ。
脳裏に浮かんだ軽口は、オーバーヒートした言語野の拒絶反応に過ぎず、口にすることは出来ない。
「世の殆どの人間は、同じ起源を持つ。信じられないかもしれないけどね。ありふれた反証としては、『信じられる宗教により、個人の道徳的行動規範が全く別な物になるじゃないか』という意見があげられるだろうが、これはナンセンスだよ。言うまでも無いことだが、全ての信仰は、『信じるに足る絶対的な権威を見つけた際には、従わなければならない』という、世界認識の幼虫が、誰しもの心に平等に生み落とされることにより、成り立っているのだからね。このように、あらゆる異なった判断、価値観は、私達にインプットされた女王認識、母なる起源の元に、実際のところは同一のものと解釈されるのが当然なんだ」
「は、ああ、まあ、俺も、そう思い、ます」
「天才とは、起源を他者と違える者達のことさ。故に、天才と呼ばれることは容易いが、天才となることは出来ない。天才は、生まれてくるだけだ。天才の心中を覗けて初めて、人は純粋な宗教を目の当たりにするのだろう。そこにあるものこそが、世界観だ。しかし多くの天才は、俗人としての人生を送る。これは、天才に不遇はつきものだなどという俗説とは関係がない。例え世界中から天才と『呼ばれた』所で、真理から見れば、俗世に埋もれて生涯を終えたとされるだろう。なぜなら、自分が天才であることに、気が付けないからだ。他者と起源を違えていることを、それこそ『認識』することが出来ずに、生を通り過ぎて行く」
こちらの首根っこを押さえつけて水に浸けるような会話に、高城は疲弊していた。
そんな高城の体力を、手に取り把握しているかのように、プロデューサーは絶妙のタイミングで、高城に水を向ける。
「君はどうだね」
どうだね、も何も。
何を言っているのか何一つ分かっていないのに、同意も反対も出来るものかと、高城は虚脱する。
しかしそれでも、プロデューサーの言葉から、注意を離せない。
自分とはまったく無関係の言葉と、大いに関係のある言葉の同音異義で形成された暗号になっているような気がしてならず、高城は聴き入ってしまう。
不意に、これと同じ感覚を、以前にも味わったような気にさせられる。
そうだ、遥か昔、どこかで。
「君は人を信じていないね」
ああ。
高城は、思い出した。
洋楽だ。
子どもの頃、英語など全く理解できていなかった頃。
海外の音楽を聴いた際の感覚と、酷似しているのだ。
何一つ伝わってこないにも拘わらず、何か自分にとって価値のあることを言われている気がして、興味を抱かずにはいられない、魅力。
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