第二十二章 ギフテッド
第二十二章 ギフテッド①
黒い雲は、時間で編まれていた。
時に包まれ共に移動するのは、主観的には時間の流れから取り残されているのと変わらない。
自己の消失により、時の経過は目に見えるものでは無くなり、自分の人格に統合されてしまった。
いつまでそうしていたのだろう。
砂が零れ落ちるほどしか経っていないようでもある。
数千年の空白を体験してしまったような取り返しのつかなさも、同時に襲ってきていた。
人間は、時間にだけは逆らえない。
それを象徴するように、雲は身動き一つ、とらせてくれることはなかった。
ただ、出口だけは上下左右に広がっている。
無限大とは、単一の選択肢だ。
自由とは、両端が見えない程の広い幅をした、太い一本道のことだ。
自分と言う存在が、延々と運ばれていたことに、ようやく気がつく。
実体への回帰。
意識が覚醒する。
目の前には長机があった。
五つ並んだ、こちらを胡乱げに見詰める表情達。
この場にそぐわないものを見る十の目を逆に場違いに感じる中、声をかけられる。
「
自分の身体が、椅子に座っているのを感じる。
聞き覚えのある名が、脳に栄養を与えて、現状を認識させる。
神経の末端が、自分の命令によってきちんと動く。
身体が僅かにも老いていないことに、激しい違和感を覚える。
どころか、筋肉すら少しも弱っておらず、関節さえ、軋みの一つもあげることは無いのだった。
凝縮されていた時間が霧散し、視覚から取り入れる世界だけが、現実としての意味を持つ。
順応を強いられる。
全ては、白昼夢だったとでもいうのか。
足元には、あの異世界に置きざりにしてきたはずのギターケース。
尻と背中に、パイプ椅子の感触。
この世界から旅立った時も、最後に感じていたのは、この無機質な柔らかさだった。
ここは、地球。
自分は今、アイドルのオーディションを、受けている。
目覚める事の無かった、緑色の少年の顔が浮かんだ。
「最後に何か、言っておくことはありますか」
急な放心を見せた高城に、ただ一人動揺していなかった男が、声をかけてきた。
プロデューサーだ。
何カ月も前に見た時の姿と全く同じ。
銃の盾にした後みたいな、趣味の悪い穴だらけのデニムを穿いている。
高城は、実世界における時間と、自分の中に流れる時間とのギャップに、眩暈を覚えた。
自分にとっては、『何カ月』ぶりだ。
しかし、目の前の人間達にとっては、高城に会ったのも高城と別れるのも、今日が初めてで、最後。
神官らの攻撃をうけ、自分はてっきり死んだとばかり思っていた。
何がどうなって、自分が今この場所にいるのか、理解できない。
だが確かなのは、巻き戻ってしまった、ということだけだ。
きっかり、エルヴェリンで過ごした時間の分、こちらの世界の時間も経過していたというのなら、まだ話は分かる。
だが、この現状。
自分があの世界で経験した全ては、どこにいってしまったのだろうか。
このまま椅子に座っていれば、あの時と同じように何の前触れもなく、再び異世界へ渡ることが出来るなどとは、流石に考えられなかった。
最後に何か言っておくことはありますか。
プロデューサーが意図したはずもないが、何もかもが始まる前の時間にまで飛ばされた高城の気勢を削ぎ落すには、鋭過ぎる皮肉だった。
高城は答えられなかった。
「私もこの仕事は長いが、君みたいな人間は、初めてだよ」
頭の中が真っ白になっていた高城に、プロデューサーが零した。
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