第二十一章 運命のデビューステージ⑤

 ジャックをセンターに、揃って舞台の中央へ。

 五人全員で歌声を重ね、衝撃のピークを叩きつける。


『明日も 僕に叫ばせてくれ

 

 狂った声を上げ 飛び越えて行く


 間違いを叩き潰す 煌めきに一瞬を捧げ尽くす

 

 ドアノブを蹴り飛ばして 

 

 もっとマシな事を信じさせてやれる


 砂粒ひとつほども消えはしない 希望だけはまだ生きている』


 歌い切った。

 

 五人で、全てを絞り出しつくした。

 

 思い残しが一滴も残らないようにと、ジャックはアウトロの中でも叫びをあげる。

 リンダ、レイラ、ペッパー、ロズも続いた。

 終奏は金切り声の束を乗せ、空と客席に向かって、噴出した。

 自我と協調を両立させたまま吹き荒れる、音の大風。

 即席の自力という矛盾した言葉こそが、相応しかった。

 絶え間なく溢れ続け、それでいて何一つ、無駄な物を生じさせることはなかった。

 

 その只中にいたからこそ。

 五人がかりで生み出される衝撃に、ジャックは卒倒しないよう、気を保つのに必死だった。

 口の端と目の端に裂けるような痛みが走り、そして。

 

 アウトロすらも、鳴りやんだ。

 肺の底まで溜めこんだものを吐きだし尽くし、とうとう、時計塔ステージに、本当の終焉が、訪れた。




 肩で息を切らせつつ、歌唱の余韻に痺れながら。

 ジャックは、舞台の真ん中で、現実を受け止めていた。

 

 ベスト以上を尽くしたとて、十分に、予測し得る結果だった。

 絶大なインパクトで以て観客の理性を取り去り、熱狂を作り出すことだけが、自分達の勝ち筋だった。

 

 しかし今、広場を埋め尽くしているのは、沈黙のみ。

 

 ジャックは目を伏せた。

 ステージの外、広場の群衆達を、まっすぐに見る勇気がなかった。

 仲間たちを盗み見ると、ロズでさえ、ジャックと同じようにしていた。

 

 俯きながら、五人は目配せを交わした。

 誰かと目が合う度に、最高の賞賛を、念じて送った。

 

 もう、大丈夫だ。

 

 ジャックの呼吸は、落ち着き始めていた。

 歌唱祭が終わったからといって、何一つ失われる物はない。

 

 自分達は闘った。

 そして……負けた。

 凪いだように静かな観客達の反応が、フランケンズ・ディスト達に悟らせていた。

 

 文句なしの、予選敗退。

 

 届かなかったものに対する悔しさは大きい。

 しかし、既定の時間は終わり、もう一曲も歌うことは許されない。

 だから今は、この祭りという巨大な敵に挑み、決死の思いで一撃をくれてやった事だけを、誇りに、思うのみ―――

 

 駄目だった。

 ジャックは固く目を閉じた。

 ジャックの心の中にある燻ぶりは、ステージに上がる前と、全く変わってはいない。

 広場の群衆、ニューアリアという街が、何一つ変わってないように。

 

 なら、死ぬまで繰り返すだけだ。

 

 このまま大人しくステージから引き下がったとして、自分達みたいな人間が、また今夜のような戦いをさせてもらえるのは、いつになる? 

 来年のサン・ファルシアには出禁を喰らっているかもしれない。

 今回はジャック達を助けてくれた、心の強いロズも、家の事情に巻き込まれ、明日にはジャック達の前から姿を消すかもしれない。

 

 そして何より、ジョニーの名誉は、どうなる。

 

 やってやる。

 今、歯を食いしばらなくてどうするのだ。

 

 ジャックは毅然と、前を、見据えた。

 

 その時だった。


「すっげええええええええええっ!」


 訛りのきつい叫びだった。

 時計塔広場の端からステージの上にまで、その声はよく通った。

 

 叫びは、潰された露店の上に腰掛けた、男達からのものだった。

 ここらでは見かけない種族。髪の毛が全て、生きた蛇になっている。

 たしか、蛇頭人メドゥシアーノといったか。


「おら、こんな音楽さ、聞いた事ねえ!」


 見るからに、山から下ってきたといった風情の、田舎者達。


「おらもだぁ!」「あのねーちゃんら、よく落っこちねえで飛びまわるよ!」「あの蜘蛛脚、どうなってんだ?」「おらも真似してみるから、ちょっとみてけろ!」「歌声なんて、びりびりしてさぁ!」「ジャンの野郎、ぶっ倒れてやがる。水ぶっかけてやらにゃあ」

 

 ジャックは、耳を疑った。

 言葉達は、静けさの中できらきらと輝く、星屑のような賛美だった。

 最初に叫んだ男が、仲間内であふれかえる賞賛を一くくりにして、広場に響き渡らせた。


「さっすが、ニューアリアだぁ!」

 

 それが、皮きりだった。

 控えめな声が、そこかしこから、あがり始める。

 徐々に大きくなっていく。 

 

 フランケンズ・ディスト! 

 

 フランケンズ・ディスト!

 

 コールは、蛇頭人から飛び火し、単眼モノアイの少女達を巻き込む。

 気付けばデュなしラハン達の首が、あちこちで高く放り投げられている。広場のあちこちを見渡すごとに、歓声が増えていく。

 

 ステージの五人はというと、いまだに、群衆が自分達の名を呼んでいるのだと言う実感をつかめずにいた。

 その間にも、広場の勢いは加速していく。

 

 誰かが、店じまいして飲みに加わったはずの天向石販売屋を、露店へと投げ込んで、無理矢理商売を再開させた。

 その光景を見た同業者たちは、僅かに残った在庫の天向石を、その場で広げ始めた。稼ぎ時か否かの判断以前に、そうでもしなければ追剥されてもおかしくないと、即座に悟ったのだ。

 広場の地面に僅かでも光る物を見つけると、それがボタンであれ、誰しもが天向石の破片と勘違いして、空に向かって放り投げた。

 

 サン・ファルシア予選における、投票風景。

 

 本で読んで、知ってはいた。

 しかし、自分達以外のチームのステージが終わった後においても同じ光景が繰り広げられていたとは、とても考えられなかった。

 

 今やフランケンズ・ディストを、群衆の狂乱が呑み込まんとしている。

 

 広場の傍にある天向石の倉庫を管理している卸売り屋の身柄が見つかり、その男は四の五の言う前に、閂を空けさせられる羽目になった。

 倉庫に飛び込む群衆、対価として支払われる硬貨の雨。

 手当たり次第に運び出され、無差別に頒布されていく天向石。

 

 フランケンズ・ディスト! 


 フランケンズ・ディスト!

 

 通りの向こうからも、建物をなぎ倒さんとするかのような叫喚が、聞こえてくる。

 ニューアリアの全てが、自分達に向かって来ているようだと、ジャックは思った。

 

 ジャックは、ロズの表情を窺う。

 リンダとレイラ、ペッパーも同じようにしていた。

 チーム内でこの状況を、早とちり無しに説明出来る者は、「経験者」である彼女しかいなかった。

 

 ロズが勢いよく、右腕を天に振り上げ、拳を握りしめる。

 

 一気に、感極まる。

 

 フランケンズ・ディストの五人は、夜空に向かい、自分達の思い描ける最も強靭な怪物の真似をして、大きく吠えた。

 

 群衆の手により、空へ、輝く風船が絶え間なく打ち上げられる。

 空を縛られ地を這うしかない人間達から天に向けて、流星雨の返還。

 

 星々に告げているのだ。

 

 我、聖人ファルシアを見つけたり。

 

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