第二十一章 運命のデビューステージ③
『ポール・ダンス』
ジョニーが、二人に与えたダンスだった。
ブレイクがダンスの王道だとすれば、ポール・ダンスはまさしく、異端児である。
棒を使ったパフォーマンスは、地球において古今東西、行われていたが、広く原点として認知されているのは、60年代末のアメリカ、ストリップ・クラブでのショウとされている。
以来、純粋なパフォーマンスとして大衆に受け入れられることは、ポール・ダンスにおいて、大きな課題であり続けた。
商売女による男を喜ばせるための見世物、というイメージは、現代の地球においてもなお色濃いと、ジョニーは説明していた。
ポール・ダンスとの出会いは、姉妹にとって特別な契機となった。
気がつけば、自分達が踊っていることの意味について、考えさせられるようになった。
そして、見知らぬ世界の見知らぬ者達、ジョニーと同種族の人間達が育んできた歴史について、自然と姉妹は、想いを馳せるようになっていったのである。
いかにして、テントの支柱にまとわりつく遊びが、見せ物へと昇華されたのか。
最初に服を脱ぎ、男に肌を晒しながら踊った女も、寸分ほどは、自分の人生に違った意味を見出しただろうか。
そもそも、不幸から抜け出すための独創的なビジネスとして、このダンスを踊るようになったのか。
それとも、舞台の上で男の注目を集める自分の商売を欠片も卑しいとは考えておらず、幸せの内に、客へのサービスとして提供し始めたのか。
綺麗なものと汚いものとの違いは、果たして何をもって判断されるべきなのか。
汚濁から生まれたものが、受容されるのに時間を必要とするのは、自然なことなのだろうか。
ジョニーから聞かせて貰ったポールダンスの歴史は、長い物語だった。
その中で、踊り手達も代を重ねていく。
技巧的に魅せる上の世代を見詰めながら、受け継いでいく者達は、自分達の没頭するものに対する先入観との戦いを、理不尽だと感じていたのかもしれない。
リンダとレイラは、地球人達の心のメカニズムを空想し、そこに自分達を重ねた。
ポールダンスに纏わる物語は、偏見を取り払うには何代もの戦いが必要なのだと言う教訓を、二人に与えた。
その教訓のもと、我が身を、改めて振り返ってみる。
ずっと、片羽であることに拘っていた。
自分達に向けられる目を、自分達が生きている間に変えることなど出来ないのだと諦めていた。
ポールダンスから得た教訓は、ともすれば、リンダとレイラの諦観を後押しするかに思えた。
しかし、何故だか姉妹は、より燃えてしまった。
情けなさがはっきりするということは、目指すべきものが明確になる、ということでもある。
自分達が拘っていたのが、小さな問題では無く、大いなる時間の流れにも繋がる葛藤であったと浮き彫りにされた時、姉妹は、自らの本質から目を逸らすのをやめたのだった。
暴力性を身にまとえば、後天的な品性の無さで自分達を覆ってしまえば、一番見られたくない醜い部分を隠すことが、出来る。
だがそれでは、だめなのだ。
自分達で自分達に被せてしまった埃を払うのは、簡単なことではないだろう。
それでも。
ストリップ・バーの余興は、
だから今。
姉妹も、踊り狂う。
自分達の生きている間だけの偏見を、自らの手で、取り去っていくため。
胸の下で縛られた服の裾がはためく。
風と重力が世界の全てであり、天地すら覆る。
大地へ飛行し、空に堕ちる。
竜巻に巻き込まれながらも、自分から渦の元凶へと成り上がるように、乱れる。
腿でとまり木を挟み、回転しながら、羽も腕も投げ出してみせる。
リンダが完全にポールから身体を放し、落ちて行けば、その先で、待ち構えていたレイラの右腕が掴みとる。
羽を広げ、二人揃ってとまり木の頂上へ帰っていく。
二人で、一本の幹へと移る。
レイラがリンダの左手につかまったまま、幹から大きく身体を放して、回転蹴りを放つ。
強大な遠心力を利用して、客席上空に向け勢いよく、手を繋いだまま飛び出す。空を駆け抜けながら、
舞踏にして武闘。
人間として最大限の官能と、野生動物のしなやかさ。
天を舞う番いの翼鳥が、ニューアリアの空を切り裂いていく。
露出された腹部のペイントから緑色の光が、絶えず迸り、時計塔広場の空を焼き尽くし、染め上げる。
幹だけだった、薄黒く細長いとまり木を中心に、緑炎が、観客全員を大樹の下へ誘おうとするかのように、猛り広がっていく。
『まだ見たことがない世界に ダイスは跳ね転げ飛び込んでいく
何も決まってない物語の中で 希望はまだ生きている』
乱高下の果て、サビの終わり。
リンダとレイラが、地上に再び返ってくる。
ジャックの両手とハイタッチ。
とまり木の纏っていた、揺らめく豊かな炎葉が、霧散する。
新緑のアポトーシス。
風に舞い、観客へと降り注ぐ。
祭りを彩る天向石の灯りが、その間で木漏れ日のように揺らめいた。
短い寿命を終えたとまり木は、石畳に吸い込まれるようにして枯れ、去っていく。
間奏のギターソロが始まるまでの、短い溜めの間に、ジャック、リンダ、レイラは、観客達から見てステージの右……上手へと揃って移動していく。
だが、観客を間延びさせるようなことはしない。
ジャック達の向かう先には、新戦力にして、ニューアリアの歌姫が待ち構えている。
ロズの叫びは、一小節も無いものだったが、ステージの中心を一瞬で、上手へと切り替えてしまった。
フランケンズ・ディストのオーディションで見せた、ロックチューニングの歌唱。
ステラボウルズの熱狂的なファンをして知らなかったであろう、これまでとは全く違ったアグレッシブ・ロズ。
観客達は、街のヒロインすら新しい側面を見せるのかと、度肝を抜かれている。
本ステージにおいて客を安心させる要素など、フランケンズ・ディストは何一つ、取り入れてはいないのだった。
そして、ロズが舞台に与えたのは一種の視覚的効果に過ぎなかったことを、観客は知ることになる。
フランケンズ・ディストにとっての本命は、舞台の対岸にあった。
上手の四人が、シンクロした動きでもって、舞台の下手側を指差す。
右に集められた注意が、一気に対極へ返されることにより、観賞するという行為自体に、アクロバティックな動きを持たせることが出来る。
縦の軸を使ったカタルシスは、リンダとレイラがやり尽くした。
お次は、横軸。
舞台の上は、天秤だった。
上手の四人に対し下手。
一人で均衡を保つ重量、空間的な存在感。
肥満の上半身に、蜘蛛の下半身。
ペッパー・フランクが、自慢の八本足を観客の目に焼き付けんと、まず披露したのは―――
爪先立ちだった。
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