第二十一章 運命のデビューステージ②

 姉妹が石畳に、手の平から種を、滑らせた。


『今日 僕に歌わせてくれ

 

 狂ったように輝く時が来た』


 成長は一瞬だった。

 鉄の根が種からうねり出て、石畳を割りながら侵食。

 ステージ上に、二本の幹を生み出した。

 建物の高さ以上に育ったが、大木だと感じたものは、一人たりとも、観客の中にはいなかっただろう。


 それは植物というより、直立した鉄棒にしか見えないはずだった。

 幹には、節も葉も無い。

 僅かな傾きも見せず、天に向かって伸びあがっている。

 手の平で握り込めるほどの細さであり、広場の端に陣取っていた者達からすれば、客席に倒れてこないのが不思議でならなかったはずだ。

 

 金属植生学、ひいては金属植生技術師の主な活躍の現場は、鉱山だ。

 掘った穴の中に、金属と掛け合わせた植物を繁殖させ、擬似的な生態系を確保することにより、崩落を予防する。

 この日の為にフランケンズ・ディスト全員で苦心し、卒業制作レベルの逸品を作り上げた甲斐があったというものだ。

 

 リンダとレイラは、枝一つないこの樹のことを、「とまり木」と呼んでいた。

 

 最前列付近の観客達からしてみれば、ジンハウス姉妹の姿が突然ステージから消えたように見えただろう。


「あそこだ!」


 広場の中央付近から、指差し叫ぶ声があがった。

 

 今、二人がいるのは、とまり木の頂点だった。

 それぞれが撒いた種から、幹が伸びあがるのにつかまって、一気に中空まで移動したのだった。

 

 …     …     …


 リンダとレイラは、人波を見下ろす。

 俯瞰は、ハーピーである二人にとって日常だったが、今日だけは何もかもが特別だった。


 空に、翼を持った者は、自分達二人しかいない。


 丁度、時計塔の文字盤を、背後にしていた。

 ここで掃除をしていたのが、遥か昔に感じられる。

 あの時は、真下を通りがかる人間全てが二人を恐れて、目を伏せながら歩いていた。

 

 だが今、リンダとレイラに視線を向けていない者は、一人もいない。

 

 姉と妹。

 手を繋がず、地上の灯りが照らす夜空の中、向かい合っている。

 

 自分達へ向けられる視線に怯えていた双子は、もういない。

 ぶちかましてやる時は来た。

 

 リンダとレイラは、それぞれ、とまり木を抱え込んでいた翼を、ふっと、緩めた。

 当然、自然落下が始まる。

 二人の身体が、地面へ向かって速度を上げていく。

 観客のうち、姉妹が単独で飛べないことを知っているニューアリア市民たちが、悲鳴を上げる。

 

 リンダとレイラは、翼をひっかけるようにして力をかけ、とまり木を中心に身体を回転させ始めた。

 露出された腹部の塗料から緑色の炎が流れ出し、姉妹の落下の軌跡を美しく彩っていく。

 

 観客達からしてみれば、死の演舞。

 ステージに身体が叩きつけられるのが先か、遠心力が姉妹の身体を空に放りだすのが先か。

 

 だが、そんな二大予想を、ジンハウス姉妹は容易く超越する。

 確かに、姉妹の回転のスピードは尋常でなく、これがジャックやロズ、ペッパーであったなら、三回転と持たずに、振り飛ばされていただろう。

 

 だが、リンダとレイラはハーピーだ。

 翼をはためかせるため、他種族に比べ遥かに発達した胸筋を持っている。

 それは片翼の双子とて、例外ではない。

 薄く、軽く、それでいて強靭な筋繊維の生み出す、翼種ならではのエネルギー。

 種族の恩恵が、二人の身体をとまり木に寄り添わせ続けている。

 

 二つの身体が、石畳に打ち付けられる寸前まで迫る。

 ジャック達の目線と同じ場所に、取り返しのつかない速度で降下していく。

そして。

 二対の渦と化した姉妹が、その激しい回転の最中、完璧なタイミングで、


『全てを取り戻す 一瞬の戦いに名誉をかける

 命が千切れ飛んだっていい 僕はとっくに生まれ変わった

 もっとマシな歌をきかせてやれる』


 手を、取った。

 

 二本のとまり木の間隔は、丁度、リンダとレイラの腕が届く距離だった。

 五本の指を絡めあわせ、地面に衝突する直前に、ブレーキ。

 翼を、左右に大きく広げる。

 ステージの最前で歌い続けていたジャックの背から、いきなり羽が生えたかのような重なり方は、演出だった

 

 観客の中には腰を抜かす者も出てきていた。


 二人は平然と、何事も無かったかのようにジャックの傍に寄った。

 一丁前に叫び続けている友人をからかう仕草で、両側から背中を預け、挟みこむ。

 ジャックは姉妹を、わざとらしく、余裕たっぷりに跳ねのけてみせた。

 リンダとレイラは、跳ねのけられた勢いのまま一回転、再び、とまり木を掴んだ。

 

 ここから、だった。

 まだまだ、派手やれる。

 

 先程の落下など余興にもならない飛び方を、実のところ姉妹は、日頃から行っているのだ。

 ジョニーと初めて会った日だって、似たような事をやった。

 だが街行く人は、二人の片翼という異形には目を付けても、飛行技術については、関心を持っていなかったがために、今、ここまで狂乱させられるハメになっているのだった。

 そもそも二人で、一対の翼を操ること自体、どれほど修練のいることか。

 

 ここまでは、まだ、日常。

 そしてここからが、『芸』の時間だ。


 サビをフルに使って、リンダ・ジンハウスとレイラ・ジンハウスの真の姿が、初めて大衆に曝け出された。

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