第二十一章 運命のデビューステージ
第二十一章 運命のデビューステージ①
ジョニーが、「エルヴェリン・ミックス」と名付けた楽曲群がある。
ミックスなんて格好良い言い方は気休めだと、本人は自嘲していたが。
ジョニーは、元いた世界の曲をこちらで再構成する際に、「原曲に忠実」をモットーとしていたが、それでもうまくいかないことも多かった。
エルヴェリン・ミックスは、ジョニーが納得いかない程、元の曲調とかけ離れてしまった曲達のことだ。
『hope still alive』も、その内の一曲だった。
ロック、と呼ばれる種類の曲だ。
ジョニーのお気に入りだったようで、この曲の為にギターや水晶、集音金属を、随分と長い間いじくりまわしていたと、ジャックは記憶している。
事情を全て知った今となっては、自分の手で人の作品を生まれ変わらせることにジョニーが罪悪感を覚えていたのだと分かる。
エルヴェリン・ミックスを評価されるのを、ジョニーは嫌がっていた。
だからずっと言えなかったのだが、ジャックはこの曲が大好きだった。
ジョニーの弁を借りれば、ミックス版は「右手の鋸で切り刻みながら、左手の斧で叩き割るようにハード」な曲調。本来は「もっと、柔らかく尖ったイメージの曲」らしい。
同じ歌でも、編曲によりその姿を全く変えるのだと言うこと。
ジョニーから教わって、ジャックが初めて知ったことの一つだった。
なんだ、今の自分じゃないか。
時計塔広場に、イントロの爆音が響き渡った瞬間。
ジャックの身体は勝手に動く。
手を広げ、ターンは鋭く。
眼前の空間に蹴りを放つ。ケンカキックとは程遠い、膝を高くあげた、パフォーマンス用のキック。
歪みきったギターが、高音へと跳ねあがっていくのに合わせて、ステージの最前へと歩みよる。
口を開けたまま凍りついている観衆達が見える。
人生でおおよそ初めて、ジャックは加虐心を覚えた。
『暗闇を噛み潰せ 嘘が崩れ落ちてくるだろう
シナリオは膨れ上がる 僕は躍り出た』
歌い出しは、ジャックの独唱。
完璧だった。
ギターと相性がいい。
そうジョニーに太鼓判を押されたジャックのボーカルは、サウンドの支えを受け、切り裂きのシャウトに昇華された。
観衆は後ずさり、飛び上がり、そして……ジャックの姿を、食い入るように見詰めている。
もともとイントロの時点で、真っ白に洗われていた観衆の脳味噌。
その白地図に一点、ジャックは看板を立ててやったのだ。
これが、フランケンズ・ディストの音楽だと。
エンジンのかかった声帯。
舌の付け根に、甘い痺れが走る。
思い知ったか。
自分達の見下していた相手の中に、こんなにも耳触りのいい絶叫が隠れていたなんて、知らなかっただろう。
だが、この程度で許されると思うな。失神するまで付き合ってもらう―――。
リンダとレイラが、ジャックのキックを反復しながら、同列にやってきた。
『時は僕たちに 忘れろと耳打ちするだけなのか
生き急げ 生きたいと願え そんな言葉をくれた人さえ』
ジンハウス姉妹のバックコーラス。
荒々しいメインボーカルや、バッグサウンドに比べ薄かったが、だからこそ優しく、存在感を発揮していた。
手のつけられない不良だったジンハウス姉妹。
そんな二人だけが今、観客達に、一服の清涼を与えていた。
音楽は、空間と時間を支配する。
ロックの嵐の中、現代のエルヴェリンを生きる者達にとって最も身近な「音」は、リンダとレイラの声だけだったのだ。
リンダとレイラは、腰元にぶら下げていた小道具を糸から引き千切り、手の平に乗せて観客達に向けて突き出す。
それは、種だった。
ただし、自然物ではない。
礫ほどの大きさをしており、渇いた明るい茶色の肌から、ところどころ、黒鉄の棘が突き出ている。
辛抱強く金属植生学に出席して手に入れてきた姉妹の知識と、独学で生体糸を山高帽に用いるジャックの技術が産み落とした、姉妹の専用武器だ。
リンダとレイラは観客に向けて、種をよく見せびらかした。
息継ぎができるのは今の内だけだというメッセージだった。
ドラムの打音が、勢いを増す。
サビの前兆を告げる、密度の高い高速のリズムにステップを踏みながら、姉妹が石畳に、手の平から種を、滑らせた。
『今日 僕に歌わせてくれ
狂ったように輝く時が来た』
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