第二十章 スタンバイ⑦
「まだ終わりじゃない!」
壮観だった。
拡がった声。
観衆達の注意は、まるごとジャックの元に惹きつけられた。
広場にもたらされた、衝撃。
ジャック達の背後にそびえる長大な時計塔の表面すら、震えていたかもしれない。
水を打った沈黙。
観衆達は雁首揃えて、驚きを浮かべている。
「まさかこいつら歌唱祭のチームじゃないよな」と、一様に表情が物語っている。
当然だった。
出場チームの中で、否、サン・ファルシアの歴史の中で、ステージ上においてこんな脅迫じみた叫びを観客に投げかける者など、誰一人としていなかったのだから。これから評価を求めようとする者の態度として、余りにも理に適っていないように映ったのだろう。
しかし、ジャックは俄然、勢いづいていた。
どうだ見たか。
「頑張って練習しました、よろしければ聞いていってください」なんて腑抜けた口上を、今更誰が抜かすものか。
こっちは、聞かせてやらなきゃ気が済まないのだ。
フランケンズ・ディストの格好も、群衆を困惑させていた。
ステージ衣装は清廉かつ華やかなものでなければならない、というのが、サン・ファルシアのルールとされていた。聖者に歌を献上する以上当然のはからいであり、これまで明文化すらされてこなかった程の鉄則である。これに反すれば、聖者への礼儀を欠いたとして、観客からバッシングを受けることは必定。
にも拘わらず、フランケンズ・ディストの姿はといえば、聖者に酒代でもたかりにいくのかというほどに、みすぼらしかった。
五人は、私服のままだった。
ただし、リンダとレイラの飾り羽付きブラウスは、胸から下が大きく引き裂かれ、腰と肋骨の辺りが、大胆に露出されていた。
ペッパーのボーダーシャツは、両肩口から袖が切りとられており、呼吸に合わせて震えている二の腕の肉が、露わになっている。
ロズなど、タイトボトムの右足部分が丸々切り取られ、膝裏、腿に留まらず、付け根のあたりまで、白い肌を露わにしていた。
これだけなら、暴漢に囲まれた所をほうほうの体で抜け出してきた風情だが、もう一つの要素が、むしろフランケンズ・ディスト達の方を、暴漢に見せていた。
各人の露出部位。
腹部、腕、右足に、それぞれメイクが施されていた。
金属的な緑色の輝きを放ちながら、肌の上を波打っている。
肉の表面に蔦が這っているかのようだった。
あるいは、緑色の炎にあぶられているようでもあり、本来の肌が裂けて、緑色の筋肉が覗いているようでもあった。
フランケンズ・ディストは、「グロテスク」と「緑」という二点により、チームとしての強力な統一感を与えられていた。
衣装とメイクの効果は、概ねロズの計画通りだった。
観衆は視線を、自然とジャックに誘導されている。
ジャックだけが、他のメンバー達と同じく私服を纏っていても、どこも破かれていなかった。
メイクについては、「されていない」と言うことも出来たし、「もとから全身に為されている」と表現することも可能だろう。
ステージ・センター、広場の中心は、まぎれもなくジャック・バステッドのものだった。
広場内の通ぶった文化系インテリ達は、「エルヴェリン劇歌の中で、こんな外見をした種族たちの活躍を描いたものがあっただろうか」と思考していることだろうが、無駄だ。
いかなる神話にだって、こんな登場人物達が出てくるわけない。
時計塔広場には、困惑が広がっていた。
ステージに向けられる、不信と猜疑の嵐。
ジャックはこの広場に、ニューアリアの全てが集まっているような気がした。
ニューアリア市民にとって、マーメイドの乗る車椅子は邪険にする対象で無いものの、ラミアの尾などは鬱陶しい様子だ。
三階建てアパートメントの壁に設置された細い排水管に片手でしがみついていた
ゾンビ達が、フランケンズ・ディストのメイクを指差し、口々に不気味だと罵っている。
「見ろ、ロズじゃないか?」「馬鹿な。人違いだ」「間違いない」「ステラボウルズはどうしたんだ?」「どうして」「あんな隅に」「あいつ、まさかオークか?」「何の冗談だ」「ほら、火事の……!」「それは、異界生まれのせいじゃなかったのか?」「俺に聞かれても、よく知らないよ」「どうせまた何かやらかす気だ」「警察は何してる」
入り乱れる人種。
溢れかえる無責任な風聞。
凝り固まった美的感覚。
限定的な環境でしか発揮されない優しさ。
人生というものに横行する決めつけ。
ジャックには今しかなかった。
両腕を左右に広げ、舞台袖のフランケンへ、
―――このツギハギだらけの世界を、ばらばらにしてやる。
頭上で、手を打った。
エルヴェリン六神に、運命の神の名はない。
ならばどこにいるのか、誰に向かって微笑むのか。
フランケンズ・ディスト、デビューステージの幕が、切って落とされた。
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