第二十章 スタンバイ⑥

 時計塔広場は、ニューアリアに設置された数あるステージの中でも、特別の賑わいを見せていた。

 広場の端からでは、ステージ上の人影など点ほどにしか見えないだろうに、もはやその辺りでしか場所取り争いのしようがない程に、混み合っていた。

 座り込みも、翼種による屋根の上の陣取りも規制の対象だったが、警察や学生風紀を動員した所で収拾がつかず、ステージプログラム半ばを過ぎるころには、露店が巨人ギガントの尻に敷かれ、客席として均されている始末であった。

 

 集客状況は、時計塔ステージに出演したパフォーマーたちのレベルの高さを、如実に表していた。

 

 ステージ上は、フランケンズ・ディストのオーダーに従い、ストリートと変わらない石畳に改められていた。魚の生臭さなど微塵も残っていない。飛び入りチームがここまでの歓待を受けることができたのは、まさしくロズさまさまである。

 

 ステージの下には、パフォーマー達の歌声を響かせるための、拡声魔法陣が織られている。

 ミクシア祭で、エルフ達が天空から声を響かせた時のと、同様の物だ。

 ステージ上での歌声は、時計塔広場に留まらず、この地域一帯にまで広がる。

 

 ジャック達の前にステージに立ったチーム達の、磨き上げられた技術が、これだけの観衆を吸い寄せたのだった。

 

 しかし今、ステージの上を注目している者は誰もいない。

 それもそのはず、事前に新聞に掲載されていた参加チームは、すでに出尽くしてしまっているのだから。

 

 観衆はとっくに、贔屓のチームが見せたパフォーマンスの素晴らしさについて語りあいながら、とにかく飲んで食べ明かす楽しみに移行していた。

 予想屋や賭博屋は、明日の本戦出場チームはここで決まりだなどと、思い思いの持論を捲し立て、客を惹きこんでいた。本戦優勝がステラボウルズ以外に考えられないことから、賭場は、初日の方が盛り上がるのだった。


 そんな中、降って湧いたトリのチームを紹介しなければならなくなった司会者は、さぞ居心地が悪かった事だろう。「あー、あー、あー」わざとらしい魔陣マイクテストが、繰り返されること、六回。

 堪忍した司会者は、ようやく腹から声を出す。


「それでは……本日最後の……飛び込みチーム。大会初出場……フランケンズ・ディスト!」

 

 捨て台詞めいた口調。

 ステージに注目が集まって恥をかく前にと、司会者はそそくさ、退散する。

 

 暗い、舞台袖の中。


 通りすがる司会者の足をリンダがかけてやろうとしたが、ペッパーがすんでの所で制した。

 

 舞台袖には、背景音を、拡声陣とリンクさせるための魔陣が刻まれた、小さな台座が設置されている。

 ジャックはそこにアディハード水晶を乗せ、その上からさらに、フランケンを被せる。

 ジャックの家の部屋には、木彫りの等身大人形が置いてあり、よく完成した服を試着させるのだが、それと同じ感覚だった。

 水晶が、透明な顔だけのマネキンに見えた。

 ジャックはほくそ笑む。

 顔の無い、名前の無い怪物の頭部を飾るのに、山高帽フランケンほど、おあつらえ向きな者はいないだろう。


「頼んだよ」

 

 ジャックは、フランケンの頭頂を一撫でしてやった。


 そして、ステージへと躍り出て行く。

 

 四人が続いて、ポジションについた。

 ジャックが最前列のセンター。

 その右後ろにリンダ、左後ろに、レイラ。

 ステージの両袖寄りに、それぞれ、ペッパーとロズの配置。

 

 司会者の労も虚しく、観衆の視線はほとんど、ステージに集まっていない。

 ステージの最も近くに陣取っていた者達の何人かくらいは、異変に気が付き始めていた。

 だが、その興味は、「フランケンズ・ディスト」に対してでは無く、「ロズ・マロースピアーズが舞台袖付近に立っていること」に対してだった。

 

 ロズには悪いと思いつつ、ジャックにはそれが、何とも癪だった。

 そういえば、人生で最初に勇気を出したのも、この時計塔広場だったなと、ジャックは思い出す。ジョニーに焚きつけられ、ロズをナンパしたのだった。

 

 気付けば、ジャックは叫んでいた。


「まだ終わりじゃない!」

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