第二十章 スタンバイ④

 ロズは根気よく、ジャックを見詰め続けていた。

 その視線には、二人にしか分からない意味が込められていた。

 

 ロズは、自分を呪っていた。

 

 ステラボウルズから離反した時、ロズは、ジャックの為に何もかもを捨てられる自分になれたと、思っていた。

 誤認逮捕の際、信じられないようなやり方で裏切ってしまった自分が許せなくて、ジャックに自分の全てを捧げる覚悟を決めたつもりだった。

 それしか、贖罪の道は残されていないのだと思っていた。

 

 しかし今、道の果てにやって来てまでも、自分は自分のままだった。

 

 許してもらえなかったら、という恐怖が、ロズの心の中からエゴを引き出し、半端な態度を取らせ続けていた。

 気持ちを汲んでほしいという、いやらしい魂胆が先行し、素直な謝罪の言葉が出てこない。

 

 今まで何かに対して、これほど罪悪感を抱いたことなど無かったのだ。

 許してもらいたいという欲求自体が不純なものだということ自体、初めて知った。

 一生、責め続けて欲しいと思う。

 だが一方で、彼から本気で愛されていたはずの過去に、縋りつかずにはいられない。

 思い出が、自我を守るための道具になっていく感触は、震える程恐ろしいものだった。


 何が、由緒ある森の貴族だ。

 こんな高慢ちきな耳なんて、今すぐへし折れてしまえばいいのに……。

 

 気がつくと、ジャックもロズを見ていた。

 ジャックの表情も、どこか途方に暮れていた。

 

 どうしたらいいのかまるでわからない場所に二人して立ち尽くし、何を許されたいのか、何を罰するべきなのか、何一つ思いつかずに、見詰めあっている。

 

 目の前に、境界線があった。

 

 絡み合った感情が不格好に収束する。

 

 今、二人で出来ること。

 二人で、やるべきこと。


 力を合わせて、その境界線を踏み越えるしかないと、お互い理解した時、口を開いたのはジャックからだった。


「……今から、覚えられる?」

 

 ロズは両手で、顔を覆った。


ウチを……誰だと思ってんの?」

 

 ステージ前に喉を枯らすかもしれないなどとは、考えなかった。

 手の平を濡らす温もりに、ロズは震える。


 眼に見えない、単純にして広大なパズルが解決されたのを、その場にいた全員が感じ取っていた。

 

 チームは、五人となった。

 足並みそろった前進の兆しを、何とか見せ始めていた。


 …     …     …


 ロズが加入したことで、練習にはもっと劇的な変化が表れるかと思われたが、そんなことは無かった。

 新たに加わったツギハギに求められる役目は、機能向上よりも自然な癒着。

 ロズは役割を完璧にこなしていた。

 不協和音を奏でたのは、最初だけだった。

 振付をまず教えようとしたリンダとレイラに、「いいからさっさと合わせようよ」と答えた一瞬のみである。

 ペッパーの図体との距離感に戸惑う様子も、まるで見せなかった。

 他のメンバーは、一曲が流れる間、特定の数小節において、驚くべきことに、ロズの存在を忘れる程であった。

 出る杭を均さなければという使命感に、レイラすら駆られて行動を起こすことはなかった。


 だが、気を付けなければならなった。

 ロズは、この状況全てを見越した上で、『観客は私しか見ないかもしれないよ』と、忠告していたのである。


 ステージとは、共和によってなされるものだ。

 信じられないことだが、ロズのパフォーマーとしての自信は、その点に関する強い自覚から、生まれているのだった。


 ロズは、リーダーシップを取りたいだの何だのと理由を付けては目立ちたがり、チーム全体の足並みを乱す人間を嫌悪していた。

 シャンディーノ塔の学生においても、そういった三流は大勢いた。

 目立とうとしている人間が目立つのは、当たり前だ。

 個性的だと言われる事もあるだろう。

 しかし、そんなのは下の下だ。

 真のスターは、限りなく周囲と同調し、集団としての最高の結果のみを追求してなお、個人として群衆から求められて止まない者のことを言うのだ。

 その前提を排除して得られたものなど、所詮、乞食のカリスマに過ぎない。

 

 自分はニューアリアにおいて、唯一、格の違う人間だ。

 ロズの自負である。

 そしてその自負を、彼女からチームメイトとして一旦認められてしまった人間が感じ取ることは、非常に困難だ。

 だが、その点を胸に留めておかなければ、ロズと共にステージに上がった者は皆、足元をすくわれてしまう宿命である。

 

 鋭い諸刃は常に自分にも向けられているのだということを、忘れてはならない。

 ジャック達はその点について、ぎりぎりの所で懸命でいられた。

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