第二十章 スタンバイ②


 ジャック達一行がロズに追いついたのは、時計塔広場に着いてからだった。

 

 ロズは、ステージのスタッフとやりとりをしていた。

 参加手続きを、先に済ませていたらしい。

 ステラボウルズのリードボーカルが別チームで参加することを言いふらされて、騒ぎになっても困ると思ったのか、ロズは、スタッフの胸筋の辺りを、人差し指でつついてやっていた。これであと数時間は、あのスタッフに理性が戻ることはないのだろう。

 

 時計塔広場のステージは、フランケンズ・ディスト・ホールのステージにより、一まわり以上広い。ホールのステージも、六人で独占するには勿体ないほどの広さだったが、比べ物にならなかった。

 

 参加チームごとに用意される、待機用仮設テントの入り口に、フランケンズ・ディストの札を掛けるロズ。

 残りの面々はただ、黙ってじっと見つめていた。

 

 ペッパーは、うろたえながら、姉妹の顔を窺った。

 

 レイラの顔は、険しかった。エルフの内紛自体が茶番で、ロズも含めたステラボウルズ全員がいまだグルであり、自分達をより深く陥れようとしているのではないかという可能性を思案しているのだろう。

 そして、リンダがいよいよ、「お前、何企んでんだよ」と突っかかる寸前の事。

 

 姉妹の肩に支えられたジャックの身体から、力が抜けた。

 とうとう膝が効かなくなり、崩れ落ちてしまったのだ。


「ジャック!」

 

 リンダとレイラは、寸分の狂いなく同じ動作で、両側からジャックを地面にゆっくりと降ろし、座らせた。

 

 ペッパーは、ジャックの背中を摩りながら、果たしてこのまま出場するのが正しいことなのだろうかと、考え始める。

 

 ペッパーと姉妹の三人だけで決心を固めていた時とは、何もかもが違っていた。

 ロズの加入に、ジャックの復帰。

 いずれも、歌唱祭参加の目的を見直さざるを得ない、重要なファクターだった。

 

 ペッパーと姉妹が歌唱祭に出ようとした目的は、ジャックが息を吹き返した際、帰る場所を用意するため、そして街に、ジョニーの音楽を知らしめてやるためだった。

 

 ここで出場を辞退すれば、当然、後悔は残るだろう。

 だが、今ここで、万全でないジャックに無理をさせることが正しいのか。

 

 俯いたジャックのうなじに、瞳を落としながら、何が最善なのかという考えに、深く沈んでいこうとしていた。


「何を演るの?」

 

 ジャックの元にしゃがみ込んでいた三人が顔をあげた。

 

 見れば、ペッパーの手にしていたバッグから、ロズが勝手に楽譜の束を抜き取って、目を通し始めている。


「人生で一科目だけ、落第しかけた事があるんだ。数合わせのテスト。ステージの端っこで、目立たないように口パクで立ってるだけなんだけど、審査官は皆言ったよ。『舞台袖近くの子の歌声が最高だった』って。このままじゃ悲惨だよ?」

 

 この状況で、最も許されざる無神経だった。

 この私がステラボウルズを辞めてまで一員になってやったんだからジャックの状態なんてお構いなしにステージに上がるべきだ、とでも言いたげな態度に、リンダが切れかける。


「リードボーカルは、僕だ」

 

 ジャックがゆっくりと立ちあがった。

 

 ペッパーは、ジャックの体調を案じる気持ちも、ロズを糾弾したいという衝動も、にわかに忘れてしまった。

 今日一番の芯のある声に、どこか親しみのある頼りがいを、感じたのだった。


「僕が決める。ナンバー2として……ジョニーのいない今は」

 

 敬愛する男の役割を受け継ごうとするジャックの身体の表面を、強い力がうっすらと包んで守っている。

 

 …     …     …


 リンダは、そこにジョニーを見た。

 

 ただし、薄く儚く。

 消えたジョニーが、眠っていたジャックの中に入り込んで命を支えているのだとまでは、流石に思えなかった。

 そう思うには、リンダはジョニーと交わり過ぎていた。

 それでも、今はいないジョニーの影響が、水晶玉以外の場所にもはっきり残っていることが分かって、胸の内に熱い勇気がこみ上げてきていた。


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