第二十章 スタンバイ
第二十章 スタンバイ①
係員から参加証をひったくると、ロズはテントから何も言わずに出ていってしまった。
ジャック、リンダ、レイラ、ペッパー。
「残りの」フランケンズ・ディスト達も、続くしかなかった。
ジャックはテントから出た瞬間に、ふらついて地面に倒れ込みそうになった。
張っていた気が緩んだ、というわけでは無さそうだった。張り詰め続けていた気に、とうとう身体が追いつかなくなったらしかった。
無理もない。
蘇生したその日に、シャンディーノやステラボウルズ達と、あそこまで勢いよく渡り合ったのだ。血もまだ足りていないはずだった。
膝をついたジャックを、リンダとレイラが、両脇から翼で支えた。
いっそ二人で抱えて飛んだ方が負担も少ないかとも思ったが、今のジャックの様子を鑑みるに、転落のリスクを避けた方が懸命だと言うことで、石畳の道を選んだ。
若いハーピー二人による介抱である。
肩の貸され心地が悪いわけも無かっただろうが、ジャックの目は寸分変わらず、ナイフの鋭さを保っていた。
ペッパーは巨体を生かし、三人の為に人込みをかき分ける前衛を買って出た。
だが、二歩歩くたびにジャックを振りかえるので、先程から何度も、通行人からのブーイングが飛んでいる。
ロズは、よろめくジャック達に合わせて、歩調を合わせるようなことはしなかった。
一足早く、角を曲がって消えたかと思えば、さらにその先の曲がり角に立ち、ジャック達を待っていた。
そしてまた、その先へと姿をくらまして行く。
気まぐれ、と、テントの中で誰かが、ロズのことを評していた。
まさにその通りで、ロズは、天向石の風船が流れる煌びやかな街路においてなお、明滅する啓示だった。
導かれるままに、リンダとレイラは、ジャックを担いで行くしかなかった。
姉妹はちらちらと、ジャックの顔を遠慮がちに見やっている。
何か言わなければと焦っていたが、どうにも踏み出せないでいた。
今のジャックの様子は、これまで見てきたどのジャックとも違っていた。
死の淵から、悪鬼でも心中に宿して連れて帰ってきたのではと、姉妹揃って、あれほど心配してやまなかった友達に、恐れを抱いていたのだった。
リンダに比べ僅かに信心が浅かったことが幸いし、レイラの方が先に、率先して事情を尋ねる決心を得ることが出来た。
「いつ、目が覚めたの」
優しく、問いかける。神経が鋭敏になっているであろうジャックの鼓膜を極力震わせないように、気遣っていた。
「今朝、だよ……。皆が、祭りに挑んでるんじゃないかって、思ったら、いてもたっても、いられなくて」
返答の内容こそ温かかったが、ジャックの口調は朴訥としていて、うわ言めいていた。
もしかすると、身体の表面だけは生きているものの、内臓や口の中は、いまだ冷たいままなのではないかと不安になったリンダとレイラは、ジャックを支える翼に、より強く、力を込めた。
角を曲がる。
金髪の啓示が揺れ、注意深く勤勉でない者には訪れないという性質を体現するかのように、すぐ傍の角へと、再び消えて行った。
「なんであいつ、私らを庇ったんだろうな。嘘、ついてまで」
リンダが言った。
リンダにとって、ロズ・マロースピアーズと言えば、一度チームを侮辱しに来た、いけすかない女でしかなかった。
であるにも拘わらず、そんなエルフが、エースを張っていたチームまで捨てて、フランケンズ・ディストを公衆の面前で名乗ってみせた理由が、理解できないでいた。
ロズの、ステラボウルズ脱退。
夜が明けないうちに、街は、星を落としたような騒ぎになるだろう。
そして、その渦中に位置することになるのは、まごうことなく自分達なのだ。
「幻の後を追いかけてるみてーだ」
ジャックの背中が、微かに震える。
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