第十九章 ナンバー7⑧

 そこにいたのは、シャンディーノに次ぐ、森の支配者だった。

 

 口を開いたのは、シャンディーノからだった。


「何の真似だ」

 

 声は厳しかった。だが同時に、親愛に溢れてもいた。


「こんな話し合い、意味無いよ」


『ドラム』という打楽器の事を、ジャックは思い出していた。

 ロズ・マロースピアーズは、手を鳴らしただけだった。

 それでも、ドラムロールされたみたいに、父親を初めとする全ての人間達の注意は、惹きつけられていた。

 

 シャンディーノの娘に対する眼差しには、同情が含まれているように見えた。

 恐らくシャンディーノは、中々終わらない茶番に娘が痺れを切らしただけだと、思っていたのだろう。

 

 ジャックだけが唯一、あらゆる人間の運命がこれから左右されるに違いないということを、予感出来ていた。

 

 他は誰も、気付いていなかった。

 最初からこの場にいながらも、今まで何も行動を起こさなかった―――起こせなかったロズが、今どんな覚悟で口を挟んで来たのかを。


「だって、みんな勘違いしてる」


「何?」


「こいつらに音楽を教えたのは、異界生まれじゃない。ウチだもん」

 

 不意打ちだった。

 

 にも拘わらず誰しもが、ロズの言葉に、咄嗟の反応を示すのをためらった。

 ロズの言葉を、そのままの意味で受け取って一しきり慌てふためいた後、何かしらの真意に気付いて落ちつきはらったところで、ステラボウルズの面々の前で、恥は取り消せないだろうと、知っていたからだった。


 やがて、額面通りに解釈するしかないことに気付いた者達から、動揺の声が上がり始めた。


「ロズが?」「冗談だろ……ステラボウルズのエースが、あんなやつら何かに」

「間違いだ」「でもロズの口から」「だとしたら脅されたんだ」「そうは見えないが」「見えなくてもだ!」。

 

 言葉の渦が巻き起こった。


「あのオークの言っていたことはどうなる! しっかり、異界生まれの名を口にしていたぞ!」


 ロズは、たまたま聞こえてきた言葉を、ピックして、しっかり解答を返してやった。


「私は、聞いてない」


『聞き違いじゃないの?』だとか、『ジャックの呂律が回っていなかったんだ』だとか、そう言った、苦しい言い訳の次元ですら無かった。

 しかし、誰ひとりロズに対して、開き直りを批難することは出来なかった。

 さながら、フランケンズ・ディスト達の参加を認めないとシャンディーノが言った際と同じ。

 親と同種の問答無用さを、ロズの言葉も持っていた。


 シャンディーノは、愛娘がどうしてこんな真似をしているのか、理解できていないようだった。

 

 ロズは父に歩みよりながら、一言ずつ、丁寧に、思い知らせていく。


「何カ月も前から、ステラボウルズの練習が無い日に、この人達の所で音楽を教えてたんだ。シュリーに見つかって、何度も注意されたのに止められなかったの。ごめんね」


 …     …     …


 シャンディーノは、何も言えなくなってしまった。

 

 大人びた娘だと、これまで何度も称賛してきた。

 しかし、現実にこんな表情を向けられる日が来るなどとは、考えたことも無かったのだ。

 ロズの母が、かつてシャンディーノに向けた微笑みと、そっくりだった。

 絆を甘く塗り固めるために反復される、理解と同情。

 そこに含まれる僅かな憐憫だけが色濃く、男は、疲れた体を預けずにはいられなくなるのだ。

 

 そして、ロズは。

 

 続く言葉を、まるで愛の囁きであるかのように、言い放ったのだった。


 …     …     …


「私、ステラボウルズやめるわ」

 

 サン・ファルシア祭。

 

 開会の合図さえ、まだだというのに。

 

 ニューアリア市民、ひいては国中から押し寄せる観光客にとっての楽しみの内、その殆どが、ひっそりと閉会しようとしていた。

 

 テント内を、一気に沈黙が満たした。

 それもそのはず、目の前で爆弾が炸裂したなら、ただちに絶命することになるのは道理であり、騒ぐ余裕のある者など、一人としているわけもなかった。

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