第十九章 ナンバー7⑥
「ジャック!」
リンダ、レイラ、ペッパーが叫んだ。
幻ではなかった。
世間から気が狂っていると揶揄される、いつもの奇天烈な衣服を纏い、二本の足で、しっかりと立っている。
フランケンを目深にかぶっていた。
フランケンは、ジャックの頭の上で、全身のジッパーを開け、周囲を威嚇している。
荊は、人間に道など開けはしない。
フランケンズ・ディストのナンバー2は、人混みを体で押し退けながら、仲間たちの前に躍り出た。
「何だ貴様は。なぜ、こんな場所にいる。ここは貴様のような者が入ってきていい場所では無い」
ジャックに対するシャンディーノの嫌悪は、他の三人に対するものよりも、遥かに重かった。
オークはエルフに対して、暴力的な歴史がある。
エルフの中にあって、自種族至上主義を積極的に扇動してきたシャンディーノにとっては、何を差し置いてでも唾棄してやるべき対象のはずだった。
シャンディーノは、レイラに伸ばしていた手を引っ込めると、ジャックに向き直った。
「帽子を取れ」
まるで、首を切り落とすのに邪魔だからと罪人の髪を削ぐ、処刑人の宣告だった。
「その下らん帽子を取れと言っているのだ」
シャンディーノは、「告げている」のだ。
「会話をしようとしている」のではなかった。
フランケンの大きな鍔に邪魔され、シャンディーノから、ジャックの表情を窺うことは出来なかっただろう。だが、硝子の塔群の王にとっては、関係ないようだった。
小僧一人の頭から帽子を払いのけてやることなど容易いと、シャンディーノは思っていたはずだ。
何なら、その下の首が転げ落ちた所で、歯牙にもかけなかっただろう。
しかし、シャンディーノの難詰は、思わぬ相手によって、横やりを入れられることになる。
恩師の身体に、オークの爪の先でも触れようものならと、焦った者がいた。
また彼は、気違い帽子が自分の取り巻きに噛みつく現場を、目撃したこともあったのだった。
シュリセが、ジャックに声をかけた。
「元気そうで何よりだ」
包帯の巻かれた左手を見やりながらの、これ以上ない皮肉。
シュリセとジャック。
エルフとオーク。
シュリセにとっては、この世の優勢、劣勢を象徴するシンボルのような関係。
過剰な余裕を湛えながら、ジャックに迫ってきた。
シュリセが、姉妹とペッパーに振りかえり、声をかける。
「身元引き受け人がやってきたじゃないか」
「僕の友達に醜い言葉を聞かせるな!」
火を吹いて浴びせるような台詞が、シュリセの背中に襲い掛かった。
… … …
驚いて―――そう、シュリセは本当に驚いたのだ。
たった今、このオークは、ニューアリア市民の憧れたるシャンディーノに盾ついた。
そんなことをした人間には、街中から迫害を受ける末路しか、残されていないはずなのに。
ジャックの小さな鼻、口、シャツの襟元から立ち上る蒸気を、シュリセは確かに見た気がした。
それが錯覚であったとしても、気流に押し上げられるように鍔元を揺らめかせるフランケンは現実であり、また、その下に煌めく燃える二つの瞳には、現実を飛び越える力が宿っていた。
危ない!
そう叫ぶのを、シュリセはぎりぎりの所で堪えた。
そんな警告は、ステラボウルズのリーダーたる自分が、師に対する不信を表明することに他ならないからだった。
… … …
「どうしてここに来たかだって? そんなの決まってる!」
緑の気勢が、シャンディーノを炙らんと猛った。
「お前らに恥をかかせてやるためだ! 取り返しのつかない位に、破滅させてやるためだ!」
ジャックの怒りは、シャンディーノの後ろにいるステラボウルズ達にまで流れ込んでいき、それだけにとどまらなかった。
ジャックの言う「お前ら」とは、エルフ達のことだけでは無かったのだ。
世界そのものに乱射される憎しみ。
テントの幕を飛び越え、街に溢れる人間達全員に向けて、放たれていた。
テント内にいた他の参加者達には、ジャックの激情が理不尽なものとして映ったようだ。彼らには、一週間前にジャックを死に追い詰めた遠因が自分達であるという自覚が、全くなかった。
だが例え自覚した所で、無意味だった。
ジャックの怒りの源泉は、それとはとっくに、別の所にあったのだ。
「よくも……よくも、ジョニーの名誉を傷つけたな!」
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