第十九章 ナンバー7②

 フランケンズ・ディストの残党たち。


 決戦の場は、あの時計塔広場だった。

 

 屋台が並び、あらゆる匂いが複雑に混ざり合っているせいで、犇めく通行者達は、まず目より先に鼻の興味を、あちらこちらへと奪われる羽目になる。

 

 祭りを楽しむ者達のうち、その多くは、手に紐を握っていた。


 天向石、と呼ばれる鉱物がある。

 これは日用的な天井の灯りにも使われている代物なのだが、群衆達の手に握られた紐の先に括りつけられているのが、まさにその原石なのだった。

 天向石は、地中から掘り返されたとたんに、輝きながら空へ向かう性質を持っており、学者の間では、「星の欠片が雨に混じり、地層内で再結晶化されたものである」という認識がなされていた。

 

 人々の手に握られているのは、いわば空気よりも軽い鉱石を使った風船だ。

 祭りの期間中に、手を離し空に還してやることで、歌を歌えない者達の願いもサン・ファルシアが天まで導いてくれる、とされている。

 

 天向石風船を松明のように掲げながら街を歩く者。

 浮かれて欲を出し、友人に鉱石を抑えて貰いながら、その表面に星への願いを直接掘り刻む者。

 

 ニューアリアは今、天の星と同じ明かりで、街中が満たされていた。

 学塔は競って、権威を示すため、特大の天向石風船をそれぞれ屋上に掲げていたが、中には見栄を張り過ぎて、石の浮力に屋根が剥がされてしまう所もあった。

 そんなアクシデントを見物しながら酒を飲むのも、祭りの一興だった。


 高山地域から来たと思しき、日に焼けた蛇頭人メドゥシアーノ達の固まっている一角があった。

 山を降り、はるばる都会へ祭り見物、といった風情だった。

 頭から髪の代わりに生えている蛇たちに、ステラボウルズの昨年度優勝曲を合唱させている田舎者達。

 通りすがるニューアリア人たち全員から、「恥知らずな」と、軽蔑の視線を向けられていた。

 

 片翼の姉妹だけが、群衆達の示すあらゆる好奇心と無縁だった。

 

 リンダとレイラは、時計塔の麓に設置されたステージを一瞥した後、広場を一旦通り過ぎ、その先に建てられた、大きな仮設テントの入り口をくぐった。

 

 祭の実行委員会支部、兼、総合案内所。

 

 広いテントの中にいる者の殆どが、華美な衣装を身に纏っている。

 歌唱祭の出場者達が、実行委員の面々から、衣装や人数のチェックを受けているのだ。

 

 その合間を縫い進む姉妹。


 姉妹に対し、驚きと警戒の宿った視線が、八方から向けられる。

 

 大勢の観光客とニューアリア市民が入り乱れる大通りでは、姉妹の片翼に好奇の目が向けられることもなかった。

 皮肉にも、祭りの為に立てられた即席テントの中、いわば、非日常を運営するための本丸の中にあって初めて、姉妹の感覚はにわかに、日常へ引き戻されたのだった。

 

 テントの奥にいた係員に、リンダとレイラは、黙って用紙を手渡した。


 受け取った係員は、緊張している様子だった。

 紙に、『何も喋らず、鞄に金を詰めろ』などと書かれているのでは、と思っていたのだろう。強盗劇にありがちな展開だ。

 

 だが、現実は違っていた。

 

 姉妹が差しだしたのは、サン・ファルシア歌唱祭の、チーム参加登録用紙だった。

 

 係員は、激しくうろたえていた。

 動揺するのも、無理は無かった。

 確かに例年、当日参加は受け付けているものの、実際に飛び入りで参加したチームなど、初回から今まで一つもなかったはずだった。

 必要な事は全て紙に書いてあるとばかりに、リンダとレイラは口を開かない。

 呆気に取られている係員は黙って、目を白黒させ続けるばかりだ。


 姉妹は、舌打ちのデュオを飛ばした。

 係員の対応に不満があったからではない。


 係員にとっての強力な助け船が、こちらへ向かって来ているのに、気付いたからだった。

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