第十七章 ペッパー・ビッグジャスティス④

 隠れ家は、リンダとレイラだけで数日間、凌いで暮らすことを前提に作られている。

 姉妹が、何か問題を起こした時などに、ほとぼりが冷めるまで身を潜めておくための場所だ。

 

 街はずれのサリューガ丘陵地帯は、通り抜けた先にも資源に乏しい荒野が広がっているだけなので、人は滅多に訪れない。

 セーフハウスを構えるにはおあつらえ向きだった。

 

 盛り上がった地形の合間に、まず木材で半球型の骨組みを拵え、壁材でドームに成形し、土で覆えば、ちょっとやそっとでは発見されなくなる。

 まさかこんな場所で、井戸やキッチンまで作って二人が好き勝手やっているなどとは警察だって思いもよらないだろうと、たかをくくっていたのだが、ペッパーにすらこうして辿りつけたと言うことは、この場所も泣く泣く放棄しなければならないのだろうか。

 

 レイラがペッパーに、どうやってここまで辿り着いたのか尋ねてみると、


「独自の調査だぁ。僕以外の人間は嗅ぎつけていないから安心しろぉ」

 

 という答えが返ってきた。

 聞かなければよかったと、レイラは後悔した。

 

 単純に「立ち話もなんだから」とは行かなかった。

 ペッパーが隠れ家のドアを潜れなかったのだ。

 リンダとレイラは、椅子を二脚、隠れ家の外に運び出し、腰掛けた。

 ペッパーは鞄からゴザを取り出すと地面に敷き、その上に座り込んだ。

 

 羽もないのに良く来た、蜘蛛の足じゃ苦労しただろう、飲み物を持ってこよう。

 などと言える雰囲気では、勿論無かった。

 

 こうして、顔を合わせるのは、ジョニーがこの世界から追放された時以来だ。

 ジャックが自ら死を選んだ日、以来なのだ。

 

 椅子の足が柔らかい土にめり込む感触を、レイラは不快に思った。

 もう二度と、六人の歌声が響いたフランケンズ・ディスト・ホールには戻れないことを、実感させられた気分になった。

 

 三人は、無言で空を仰ぐ。

 

 なれの果て。

 その、あまりにもの惨めさが押し寄せてきて、リンダ、レイラ、ペッパーは、しばし口を噤まざるをえなかった。

 

 ジョニーに出会う前、姉妹はずっと、祭を怖がっていた。

 また、同じ場所に戻ってきてしまった。

 もしかするとペッパーは、明日を一人でやり過ごすのがあまりにもやるせなさ過ぎたから、苦労して姉妹を探しだしたのかもしれない。

 このまま三人で縮こまっているのも悪くないかもしれない。

 レイラの表情に、自嘲の気が浮かびかけた。


「単刀直入に、言うぞぉ……!」

 

 ペッパーが大きく息を吸い込んだ。

 顔の横幅と寸分変わらぬ太さを持つ首が、波打つ。


「サン・ファルシアに出よう!」


 レイラは一つ、誤解をしていたことに気が付いた。

 ペッパーの着ている、灰と白のボーダーシャツに汗がにじんでいるのは、徒歩に疲れ切っていたからでは無かった。

 ここまで、丘を越えてくる間、何度も揺らいだ決心を固めなおすのに、神経を使っていたからだったのだ。

 

 ペッパーの表情に、伊達、酔狂、やけっぱちの気は見られなかった。

 法に対する狂信を語っている時と違い、その目の奥はひたすらに、冷静さだけを湛えていた。


「何、言ってんだよ」

 

 ペッパーが、身を竦める。

 リンダが怒っていたからではなかった。

 逆だった。

 消沈し、虚ろになったリンダに、ペッパーは慄いているのだった。

 フランケンズ・ディストにおいて、いつだってリンダは、その猪突猛進さでもって、ジョニーに次いでチームを引っ張っていく役割を担っていたというのに。


「私ら三人で何が出来る? ジョニーは、いなくなった。可哀そうなジャックは、もう二度と目を醒まさないかもしれない。フウだって、もう何処で何してるか、わかんねーのに……もう、終わったんだよ。私達に出来ることなんて、もう何も……」


「あるっ!」

 

 ペッパーが、声を荒げた。

 いつものように、気取って捲し立てるペッパーのスタンスとは、まるで正反対。

 言い切る声調には、鋭い力強さがあった。

 レイラは、息を飲んだ。

 ペッパーの分厚く重い額の皮脂を盛り上げ、なんと血管まで浮かんでいたのだった。


「お前達の考えていることは、よく分かる……。僕は、ナンバー6だ。仲間になったのは一番遅い。ステージに立つのが怖くなって、練習に不参加だった時期もある。サン・ファルシアやチームに、お前達ほど拘る理由が無いように見えるんだろう? こんな荒野の手前までやってきて、バラバラになったチームをもう一度繋ぎ合わせようとする狼煙を上げる役目に、僕は相応しくない。分かってる、ああ、自分でも分かっているさ、それでも!」


 己の内側を満たす力に、擦り切れたのか。

 その声は、泣いた後のように掠れていた。


「ジャックとは、友達だった。君たちやジョニーが、ジャックと知り合う何年も前……子どもの時から、ずっと」

 

 それだけは譲れない、誰にも譲ってはならないのだと、自分に言い聞かせているようだった。


 母の人生とジョニーの絶望、その両方を背負おうとした姉と同じものを、レイラは、ペッパーの中に見た気がした。


「ジャックが自殺したのは……僕のせいだ」

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