第十七章 ペッパー・ビッグジャスティス
第十七章 ペッパー・ビッグジャスティス①
ジョニーは遠くへ行った。
報は嵐となり、ニューアリアを駆け巡った。
六神官による異界生まれジョニーの強制排除を、どの新聞社もセンセーショナルに書き立てた。
ジョニーはこの世界から消滅した。仲間たちの目の前で。
新聞社に情報を提供した勢力は、二つあった。
一つは、あの日、診療所で急襲をかけてきた、法務局と神託課の連合。
作戦自体が極秘であったため、そもそも彼らから新聞社に記事を書いてほしいと言わなければ、この事件が明るみに出る事すらなかっただろう。
前代未聞の危機に対する庁舎の迅速な対処を、紙面は褒め称えていた。
だが、かろうじて事実と言えるのは、そこまでだった。
この世にあらざるものは、須らく、生者に都合よく扱われるものだ。
神が、信仰を捧げられ、安寧の象徴として機能するように。
または、死人に口無しとも言う。
ここ最近ニューアリアで起きたあらゆる災いが、ジョニーに関連付けられた。
小さくは、どこかの路地裏に鼠の群れが住み着き始めたことから。
投獄されている男達の妻が、その罪状の如何に隔て無く、「こんなことだろうと思っていました。主人は悪魔の異界生まれに誑かされたのです」と牢獄に押しかけ、恩赦を強請ろうとする事態にまで、何度か発展した。
面倒事になるかと思いきや、これは法務局にとって、プラスに働いた。
彼女達が釈放すべしとした者達の中には、実際の所、後の捜査で冤罪の可能性が高いとされていた者達も何人か存在していた。
しかし、それらを単純に釈放することは、裁判と捜査の不手際を認めることにもなり、よろしくない。
そこで法務局は、彼らが牢に入る原因となった犯罪をジョニーの手によるものとすることで、組織としての体面を保ちながら、釈放することに成功したのだった。
像塔の大火事とジョニーとの関連も、声高に叫ばれ始めた。
ジャックに対する嫌疑もまだ晴れているわけではなかった。
そしてそこに、ジョニーへの嫌疑が後からやってきた。
挙句、なんと民衆の間で、二つの嫌疑は、『両方もっともらしい』と、共存を始めてしまったのである。誰もその状態を、不可解だとは考えなかった。
火事の原因すら付きとめることの出来ていない警察にとって、この世にもう存在しない、「いかにもやっていそうな男」であるジョニーは、犯人とするにうってつけだった。
かくして、警察の面子も保たれ、民衆も不安から解放される。
こうした風潮を積極的に煽ったのは、法務局、警察だけでは無かった。
外野から思わぬ追い風を吹かした人物がいた。
『一度私は、あの偽物の異界生まれに会ったことがあります……私は酷く衝撃を受けました。かのような反社会的な人物を、なぜ神はこの世に呼び出し給うたのか、と』
シュリセ・シールズだった。
ニューアリア一のアーティストとして培ってきたコネクションの全てを駆使し、記者たちを使い、ジョニーを非難した。
『あの男は、これまで私が見たことも無いほどの、邪悪な人物でした。私は、あの男がニューアリアに、否、エルヴェリンに近い将来、害を為すのではという疑いを持ち続けていました。私は彼に、決闘を申し込むべきだったのでしょう。私には、その義務があった。今思えば、彼は、私が特によく知るものを武器に使って、市民に危害を加えようとしていましたから。……そう、音楽です』
シュリセは、メグラチカにおけるジョニーとの対立を、いまだに根に持っていたのだった。
そして、フランケンズ・ディストが恋人のロズを誑かしたと勘違いしていたため、これを機に、ジョニーの評判を地の底まで落とす事により、残党たちの再起の芽まで摘んでおこうと画策したのだった。
『あの男は、私に異界の音楽を聞かせ、仲間に加われと脅してきました……無論、きっぱりと断りましたよ。あの男の奏でる音色は、僅かにでも清らかな心を持つものであれば、とても黙って聞いていられるものでは無かった。言い表せないほどに、汚れていた。それは憎しみと怒りに満ち、我々の愛する自由と平等を破壊するための旋律でした。聴いた傍から、激しい嘔吐感と、割られるような頭痛に襲われたんです。剣を振り、威嚇して追い払うのが少しでも遅れていたなら、私は今、ここに居なかったかもしれません。異界の音楽はまぎれもなく、特別な訓練を受けていない者……善良な市民だったなら、少し耳にしただけで、精神と健康を害されていたであろう代物でした。追い払うのに使ったのは、ショウに使う儀礼用の刀剣でしたが、奴は、すごすごと退散していきましたよ。…………奴の姿が見えなくなるまで、私は、シャンディーノ師から教わった本物の音楽の素晴らしさを、遠ざかる背中に向かって、説き続けました』
なぜ世紀の悪漢に対し、その様な情をかけたのですか?
記者が問う。
事前に打ち合わせ済みの質問だった。
シュリセは流暢に答える。
『当時は、「あの男が不正な異界生まれであるかもしれない」、などという発想自体をすることが出来ませんでした。よって、いかに私にはそぐわなく見えたところで、あの男の身体のどこかには、神の御心が宿っているはずだと信じていたのです。道理を説けば、改心して貰えるのではないか、と……今となっては、悔やむばかりです。あの時、私があの男を、一刀の元に切り捨てておけば……異界生まれを切り殺した咎人と呼ばれようと、多くの人を守れたかもしれないのに……』
記事を受けた市民達の間で、シュリセに対する同情的な意見が巻き起こった。『あなたのような立派な人が手を汚す必要などなかった、神を欺いた大罪人は神官たちによって、こうして処されたのだから』。内なる正義の葛藤により傷ついた美男の心が早く癒されることを、誰もが願っていた。
ただし、シュリセがインタビューの中で唯一、演技でなく苦渋を飲んだ表情を見せた瞬間もあった。
『偽物の異界生まれと親交があった者達については、調査をするべきではないでしょう。邪な者から解放され新たな人生を歩もうとしている者達の妨げとなるようなことを、何人たりともすべきではない』
と、発言しなければならなかった時だ。
フランケンズ・ディストを根から壊滅させたいのなら、残党まで吊るし上げるのが一番確実で手っ取り早かったはずだ。
しかし、この手段をとれば、シュリセの権力の及ばないところにいる記者が、ロズとフランケンズ・ディストにも関わりがあったことを、芋づる式に暴露してしまうかもしれなかったため、広く大衆に呼びかける形で、釘を刺しておかざるを得なかったのである。
もっとも実際の所、ロズとフランケンズ・ディストの間にはオーディション以外ほとんど接点は無かったので、シュリセの杞憂だったのだが。
シュリセの一連の記事が出回った後、初めてジョニーは、ニューアリアから去ったことを市民達から惜しまれた。街の英雄の耳に邪悪な音を吹き込んだ男へ石を投げてやる機会が、永遠に失われたからだった。
怒りと混乱の中、民衆の間に、幸福な興奮を提供できるものは一つだけだった。
街中の至る所から、ステージを建設する工事の音が聞こえ始めていた。
祭りの間だけは景気よくいこうという気運も、高まってきていた。
偽物の異界生まれジョニーに対し立ち向かった我らが街のスターを、より一層讃美してやる絶好の機会だと、民衆たちは気を新たにし始めていた。
例年とはどこか違った気色が、ストリートの飾りつけや、出場チーム応援用銀バッジのプレス機が休まず働くその隣に、漂い始めていた。
サン・ファルシアは、明日に迫っていた。
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