第十六章 フランケンシュタインの解体⑧
あらゆるプライドが、中途半端だったが故。
音楽を続けるために、音楽を騙るしか、ジョニーには出来なかった。
こんなのは今の内だけだと、自分を鼓舞して、欺瞞を誤魔化し続けてきた。
こちらの世界で非日常を過ごして行くうちに、希望を抱くようになっていった。
新しい仲間たちに、技術だけをひたすら伝授しながら、自分は、枯渇した才能の井戸に水が湧き出るのを待ち続けた。
いつか全てを打ちあけて、自分の作った曲を、皆で歌える日が来る。
そうした身勝手な夢の末路が、今だった。
かつて志を同じくしたはずの少年少女達は、ジョニーと何を話せばいいか、もはや何もわからないようだった。
「包囲せよ! これより、大罪人をこの世界より滅する!」
ルタの号令に合わせ、神託課の六人が、ジョニーを円形に取り囲んだ。
これから自分の身がどうなるのか、全く想像もつかなかった。
だが、恐怖は無かった。
自分はもはや、死んだも同然の身だ。どんな目にあわされても当然のことをやったと、思っている。
いつかこんな日が来るかもと、本当は分かっていた。
前々から、潔く、抵抗せずに受け入れようと、覚悟していたのだ。
しかし、
「待ってくれ!」
ジョニーは叫ぶ。
それでも今は、見苦しく足掻かずにはいられない理由があった。
「友達が死にかけてんだ! 目が覚めるまでで良い、傍に居させてくれ!」
「ならぬ!」
ルタが、ベッドに目を向けず、言い切った。
六人の持つ杖から、それぞれ、白、黄、青、赤、緑、紫の光が放たれ、風を巻き込みながら、ジョニーを包み始める。
神託課の一人、紫の杖を持つ、大鬼人が叫んだ。
「エルヴェリン六神!
ジョニーに、まず白の光が絡む。
するとジョニーの身体が、ぴくりとも動かなくなった。
周囲の空気、空間そのものに縫いとめられたかのように、倒れることも出来ない。
続いて、青の光が包む。
ジョニーに向かって、リンダ達が強く呼びかけ始める。
しかし、ジョニーには彼女らが何を言っているのか、理解できなかった。
これまで平気で言葉が通じていたはずなのに、彼女らの口にする言語が何故か、まるで聞き慣れないものに変わっていたのだ。
光の正体に、ジョニーは気がついた。
光はジョニーから、この世界との関わりを、一つ一つ剥ぎとろうとしているのだ。
ジョニーはもがこうとしたが、白の光はいまや、ジョニーの身体に何一つ自由を与えていなかった。
加えて、他の色の光も質量を持ち、太いゴムでできた縄のように、ジョニーを捕えて離さない。
とうとう五色目まで、光は絡みついて来た。
残る紫の光が、大角人の杖の中で、ジョニーに決定的な一撃を加える隙を窺っている。
ジョニーは、狂乱に陥りかけたものの、何とか、耐えた。
助けてくれなどと、みっともなく叫ぶことだけは、意地でもしたくなかった。
ここで保身に走るわけにはいかなかった。
仲間を騙し続けてきた自分に出来る、せめてもの償いを、残す義務があった。
フランケンズ・ディスト達に向けて、ジョニーは叫びをあげた。
「お前らの音楽を、大事にしてくれ!」
この世界の言語から見捨てられたジョニーの言葉は、もう伝わらないのかもしれない。
それでも、
「生き残らなきゃ、だめだ! お前らは俺と違って、本物なんだ!」
本当にチームのことを大切に想っていたと言う気持ちの欠片だけでも、残しておきたかったのだ。
ジョニーに近寄ろうとしながらも光に遠ざけられる姉妹。
その姿を、眼球だけ動かし、しっかりと見据えた。
「大会はきっと、上手くいく! リンダ、レイラ! お前らのダンスは誰にも負けない! もう、街を歩けば四六時中、自分らの身体に難癖付けられるんじゃないかって怯えてたころのお前らじゃない! 自分ってものを見せつけてやれるようになったんだ!」
愛しいリンダ。
理知と思いやりに溢れたレイラ。
どうか二人が、この後の人生で、デッキブラシを必要とすることが無いように。
「ペッパー! お前は気持ち悪くなんか無い! お前が、お前自身に見惚れることがあるのは、それだけのものがきちんと備わってるからだ! 前に出ろ! 身体を張れ! みんなのことを、頼んだぞ!」
ペッパー。
己に悩まされ、勇気に迷い、男は、本当の意味で大きくなるのだ。
これまでの日々で何度だって、その開花の片鱗を、見せてきた。
あと少し。あと少しなのだ。見える物全てが変わる場所まで。
「フウ! お前は確かに、変わってる。でもそれは、他人に見えないものまで感じ取れる才能があるからだ! 何言ってるか分かんなくて困ることもあったが、ずっと楽しかったぞ!」
限界が、近づいていた。
ジョニーの視界が、黒く塗りつぶされ始めていた。
空と地がどちらかも、ジョニーには分からなくなっていた。
呼吸さえも、縛られようとしている。
もう後、一息分しか、叫べそうに無かった。
「ジャック!」
運命の始点。
人生の転換点。
この世界に来てからの、最初の友達。
「立ち上がるんだ! もう一度! この街で、初めて出会ったのがお前だったから、俺は」
暗闇の中で、手を伸ばそうと力を込める。
どこにジャックがいるのかも分からないまま、あらゆる方向に、感情を飛ばした。
長くは、持たなかった。
自分がここにいるという感覚さえ、無限の闇が、やがて呑み尽くしてしまった。
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