第十六章 フランケンシュタインの解体⑤
病室は緊張に満ち、自然とジョニー達は、乱入者の誰かが事情の説明を始めるのを、揃って待った。
向こうの代表者は、どうやらルタのようだった。
「異界の門を開くこと、これすなわち、個々の世界を作りし神々の所業。主の御技に、人間の思惑を介入させることは世の理に背く大罪であり、決して許されることではない! ここに、その絶対の法を犯し、異界より訪れ、我らが世界の土を踏んだ資格無き者がいる! 我々は、エルヴェリンに災厄をもたらす悪魔を、ただちにこの世から追放せねばならない!」
矮躯にもかかわらず、ルタの声は、大きく強かった。
これから起こる大事に備え、権威を欠く態度を取るべきではないと、自身を叱咤激励しているように見えた。
演説に、ジョニーだけが置いて行かれていた。
誰かが、とんでもなく悪いことをしたのだというニュアンスは分かる。
だが、ルタの言い回しからは、一体大罪人とやらが何をやってしまったのか、皆目見当もつかなかった。
だが、周りは違っていた。
山荘に閉じ込められ、「この中に殺人鬼がいる!」と言われたって、今のペッパーのような顔は誰もしないはずだ。
リンダなら、自分と似たような心境なのではないかと思い、共感を求めて振り返る。
彼女は、額に汗を浮かべながら、なんと、よろけて見せていた。
偶然かもしれないが、フウに、さりげなく窓への道を開けたようだと、ジョニーは思った。
ゴーディとマルガは、フランケンズ・ディストの面々を注意深く見渡していた。
そこに、先程まであったはずの、息子の友人に対する感動は無い。
あるのは、五人のうちの何者かが、いつジャックに飛びかかるのではないかということに備えた、警戒だった。
一体、ルタの台詞のどこに、揃って疑心暗鬼に陥らなければならない要素があるのか、まるで分かっていないのは、ジョニーだけだった。
一人だけ、世界から切り離されてしまったような不安がジョニーを襲い、そして。
「貴様だ! 偽りの異界生まれよ!」
ジョニーは本当の意味で、自分が世界から隔絶されつつあることを、思い知った。
ルタの人差し指は、ジョニーに向けられていた。
「……はぁ!?」
叫んだのは、ジョニーではなく、リンダだった。
「待てよ、急にわらわら出てきたと思ったら、何言ってんだ! ありえねーよ! ジョニーは、私らに歌を教えてくれたんだ! ジョニーの歌を聴きゃ分かる。資格がないなんて、そんなわけねーよ! 元の世界じゃ、伝説のボーカルだったって」
「この男は、そのようなご立派な人間ではない!」
ルタが、この部屋に来てから初めて、ジョニーと目を合わせた。
ルタは、規律にうるさかったが、奔放な人間に対する理解も併せ持つ男だった。
反りは合わなかったが、ルタが「仕方ありませんな」と許す時の表情を、ジョニーは気に入っていたのだった。
なのに、こんな目が出来る男だとは思わなかった。
ルタは裏切りに対して、嘆くより、躊躇なく断罪を行う性質のようだった。
ジョニーは、膝の高さにあるルタの頭から、自分に向けて、憎しみが吹き上がるのを感じていた。
「言い逃れは出来ん! 全て、白日の下に晒されておる! 禁忌術でもって、この男の根源を浚い、エルヴェリンに渡る前の情報を掴んだ。結果、こやつは元の世界にて、何の評価もされておらぬことが判明した。うだつの上がらない、何一つ偉大な功績など残してはおらぬ男だと言うことが分かったのだ! この男は、神の目を欺いた。異界の者をこの世界に導く際、神はその者の名を呼びかけ召喚する。だが、神はこの男に呼び掛けたのではなかったのだ! 召喚された際、この者のすぐ傍には、よりれっきとした、国に名を轟かせるほどの英傑がいらっしゃったのだ。不幸にもこの男と、神が本来お招きになるはずであった真の英雄は、名が非常に似通っていた。その隙をつきこの男は、召喚される権利を横から掠め取ったのだ! 何たる卑劣、何たる悪漢!」
「馬鹿なこと言ってんじゃねーよ! ジョニーがそんなことするわけねーだろ!」
リンダが、レイラとペッパーに賛同を求めると、二人も激しく頷いて見せた。
ルタは鼻を鳴らした。『好都合だ』。表情が物語っていた。
「なるほど、これが話しに聞いていたお仲間か。なら、君達に問いたい」
ルタの質問が呆気なく、フランケンズ・ディストの根幹に、刃を入れた。
「君たちは一度でも、この男自身が一から作った曲を、聞いたことがあるのかね」
集団心理が、切り開かれる。
ジョニーはこれまで、地球の音楽を教授し続けてきた。
しかし曲に関しては、他のアーティストの作った曲しか、歌わせて来なかった。
七か月も行動を共にしてきた中で、アーティストを自称する人間が、オリジナル作品を垣間見せすらしない、ということに対し、ジョニーはメンバーたちに、疑問を抱かせなかった。
メンバー達の好奇心は無自覚に、ジョニーという人間の個人史より、ジョニーという人間を育んだ世界の歴史へと向けられていた。
故に、ジョニーから新しい曲を教わり、その曲がつくられた背景、いかにヒットしたか、どんな人間に作られたのかを学ぶだけで、満足していたのだ。
ジョニーの作った曲を聞いてみたいと、深く追求しようとした者は、これまでいなかった。
外部から客観的に「異質だ」と突きつけられて初めて、完璧だと考えられていたフランケンズ・ディストの在り方に罅割れが奔った。
「ジョニーが……私らには、まだ、早い、って……」
魔法が、溶け始めていた。
リンダの声は、か細かった。
ジョニーが、そう言ったから。
彼女の中にあった無条件の信頼に、亀裂の入る音が聞こえてくるかのようだった。
ルタが、懐から紙の束を取り出し、リンダ達に差し出した。
「これが、君たちにはまだ早いらしい、この男が自作した、オリジナル曲の書かれた『楽譜』だ。この男が、ニューアリアからの援助金と引き換えに、我々に提供していた品々だよ。……君たちは、読み方を教わっているかな。ならば、歌って見せて欲しい。この世界の為にとどれほどお願いしても、この男は楽譜の読み方も、どんな歌なのかも、教えてくれることはなかったものでね。これまでは『これも異界生まれ様の御意向』と、一切、我々から強引に追及することはしなかったが」
リンダ達は最初、手に取るのを躊躇していた。
だが、楽譜の発する抗えない引力に、次第に腕を引き寄せられていった。
フウだけは受け取らず、そんな暇は無いとばかりに、神託課六人の動きをひたすらに観察していた。
読み終わっても、リンダ達は楽譜から顔をあげなかった。
それは恐らく、ジョニーがジャックの手を、握れずじまいになってしまったのと同じ理由だった。
「もしかするとだ。曲としての体裁を、まるで成していないのではないかね」
リンダ達は、ジョニーを見ようとしない。
その態度が、ルタの言葉の正しさを証明していた。
ルタが満足そうに、ジョニーへと詰め寄る。
「皮肉なものだな。この七カ月、貴様は、自らを破滅させる決定的な証拠を暴露させるため、子どもらに技術を教えこんでいたに過ぎん。誰も貴様の世界の音楽を知らない場所であればこそ、詐欺が通用していたにもかかわらず、半端な功名心故に、誰かに音楽を教えるしかなかったというわけだ」
リンダが、唇を噛みしめていた。
恋人であるジョニーを攻撃する相手への、無条件の反発を隠そうともしていない。
加えて、彼女はチームに対する帰属意識も強い。リーダーが見ず知らずの輩にここまで貶しめられるのは、我慢ならない事のようだった。
「ジョニー……何か言い返せよ!」
『帰っちゃ、やだ』
リンダを初めて抱いた日が、ジョニーの頭の中で思い出されていた。
リンダは今、あの時と同じ表情を浮かべている。
『楽譜の事も、何か事情があったんだろう? いつもみたいに皆を、私を安心させて』
その切実さが、固く閉じられたジョニーの口を、開かせる。
「横取りなんか、してない。俺は……気付いたらこの世界にいた。……それだけだ」
「ほら!」
リンダが、ジョニーに寄り添おうと走り寄る。
そんな献身的態度が、とどめとなった。
結局のところ、リンダは理屈なんて求めていなかった。
リンダは、ジョニーの発した言葉とさえ心中できる程に、情を預けていた。
レイラとペッパーも、ジョニーの口から、いつもの勢いが飛び出すのを待っていた。
自分が、どれだけ大事にされているのか。
ようやくジョニーは、実感した。
「…………すまなかった」
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