第十六章 フランケンシュタインの解体④
誰だって、ジャックの元を去りたくないとは思っていた。
しかし、自分達より、悲しみと向き合う権利を優先されるべき人間がいるということも、知ってしまった。
ジョニーは、静かに椅子を立った。
こういった時、メンバーの総意を汲み、いち早く行動に移し他の者の誘導をするのは、ジョニーの役目だった。
ジョニーはドアに向かいかけたが、自分の両肩に未練が乗っている事に気付いた。
これからゴーディとマルガには、冷たく、長い夜が待っている。
何とかして二人の助けになりたいと思ったが、とても、自分達が力になりますなどとシンプルな言葉を言えた状況でも無かった。
ジョニーはドアから引き返し、ゴーディがしているのと同じように、ベッドの脇に跪いた。
力の抜けたジャックの指先を見詰める。
「手……握らせて下さい」
ゴーディとマルガが頷くのを見てから、ジョニーは手を伸ばした。
もう、恐怖は無かった。もし、思っていたよりジャックの指が冷たく、強張っていたとしても、自分の熱を分けてやればいいと思った。
ジョニーは覚悟を決めた。
ジャックの爪に、ジョニーの親指の腹が触れる―――
「なんじゃ、お前達! ここは病院じゃぞ!」
診療所の玄関口から、医者の怒鳴る声が聞こえてきた。
ジョニー達は一斉に、部屋のドアを見詰めた。
ゴーディとマルガが入ってきた時より、さらに慌ただしい気配。
この部屋にいる全員を合わせても足りないくらいの、大勢の足音が向かって来ている。
医者に向かって、誰かが声を張り上げている。
内容は聞き取れなかったが、その威圧的な調子からして、好意的な連中ではなさそうだった。
ジョニーはドアの前に立った。
ジャックの復活に必要な安静を、こうも無神経に踏み荒らして行く者達からこの部屋を守らなくてはならないと思ったのだった。
確かに、自分達も先程まで、声を荒げてしまう事もあった。
だが、ここに居る者達は全て、ジャックの命に縁のある者たちだ。
最悪の一日に疲れ果てたゴーディとマルガは、これ以上何が起こるのかと、怯えている。
何処の馬の骨とも知れないやつらには、この診療所が今、不可侵の聖域であるということを思い知らせてやらなければならない。
誰が入ってこようとも、開口一番に文句をぶつけて、問答無用で追い返してやる覚悟だった。
ドアが、勢いよく開け放たれた。
いの一番に入ってきた男は、なんとジョニーの顔見知りだった。
「全員動くな! 法務局と神託課だ!」
監視のおっさん、もといジョニー付きの異界生まれ管理官、ゴブリンのルタ・ディモーノだった。
辛辣な罵り文句を用意していたジョニーは、一気に気勢を削がれることとなった。
「何の用だよ、おっさん。今、たてこんでるんだ。話は外か、そうじゃなきゃ明日にしてくれ」
「しばし時間を頂く! 皆の者! 心して聞くがよい!」
普段世話になっているからと、わざわざ言葉をオブラートに包んでやったというのに、なんとルタは無視でもって返してきた。
身長の低いルタが、ジョニーの膝を押し、ドアの前から遠ざける。
ルタの視線が、ベッドで寝ているジャックを捉えた。
唇を引き結び、顔中の皺を悔しそうに歪めたのが、ジョニーにははっきり見えた。
だが、すぐに厳粛な態度にすり替わった。
ドアの外に待機していた者達に呼びかけるルタの声が、ジョニーには不必要に大きく感じられた。
部屋の中に、続々と男たちが侵入してきた。
全部で、十名ほど。
割合としては、ルタ含めゴブリンが四人。
残り六人の種族はばらばらで、力自慢の大角人から、退化した水かきと鹿の足を持つ
だが、ゴブリン達が法務局の人間で、残りの面々が神託課とやらの人間であることは、容易に想像がついた。
神託課の人間達は全員、背中や袖に、銀糸で印章を流し込まれた黒地のスーツを着込み、背丈ほどもある金属杖を手にしている。
ジョニーは、強い危機意識を抱いた。
原因は、神託課達の佇まいにあった。
日本での暮らしを含め、敵意をむき出しにして喧嘩を吹っ掛けてくる人間になら、これまで何度も会ったことがある。
権力を盾に、相手を制圧できて当然と思い込んでいる警官たちだって、異世界じゃ無くてもありふれている。
だがその両方の性質を持った人間というのを、ジョニーはこれまで見たことが無かった。
恐らく、今ジョニーの目の前にいるのは、役職から使命感を得たわけでなく、使命感に役職が後からついてきた類の者達。
個人の資質でもって、相手を制圧出来て当然だと考えている、集団だった。
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