第十五章 地下街のメロディー③


 アウロモール地下ダンジョン街は、地面の下をくりぬいて出来た巨大な洞窟の中にある街だった。

 かつてニューアリアが人口増加に見舞われた際、住民の生活空間を確保するため、作られたらしい。

 

 地下街という名称から、ジョニーは、暗闇と埃と蝙蝠を連想していたのだが、こうして実際訪れてみれば、寧ろ地表より文明的にすら思えた。

 

 まず、入口だ。

 ニューアリア西南に、地下街へ続く階段の入り口が点在しているのだが、これがなんとも、ギリシャ時代に地下鉄があったら、といった風情の拵えなのである。

 長い階段も、底が闇に沈んでいて見通せない……などと言ったことは全くなく、小型の吊り灯が等感覚に配置されており、足元もはっきりとしていた。


 階段は、途中から螺旋に変わっていた。

 長く下に伸びた筒状の穴を、ぐるぐると下っていった先に、ようやく、光の差し込む出口が見えた。

 ジョニーは、この先が地下街だということも忘れ、向かっていく先で太陽が仰げるのではという気分になっていた。

 

 筒の出口を過ぎてなお、螺旋階段は更にその遥か下、地下街の情景の中へと続いていたが、景色は一遍に開けた。

 

 ジョニー達が立っているのは、下ってきた縦穴が途切れる場所であると同時に、アウロモール地下街の頂点……天井だった。

 螺旋をなぞるステップと手すりは、ここから一気に、建設現場の足場じみた脆い作りに変わっていた。

 これほどの高度まで独立させておくには余りに線の細い銀色の階段の渦が、下方に伸び続けている。

 

 入口が地下鉄然としていたことから、

 ジョニーは無意識に、駅地下のような街並みを想像していたが、大きく異なっていた。

 とにかく、広大だった。

 ジョニーらのすぐ頭上に、地下街の天井、明るい色の岩肌が広がっており、階段の手すりから身を乗り出せば触れてしまえそうだった。

 

 ジョニーは見晴らしの良さに感心した素振りを見せつつ、内心の怯えを隠し、虚勢を張った。

 リンダとレイラは飛べるだけあって、高所に怯える様子も無い。

 ペッパーも堂々としたものだ。ジョニーは、ペッパーが中空に、蜘蛛らしく巣を張っているところなど見たこと無かったが、もしかすると彼もスパイダーマンのように、その気になれば階段など使わず、糸にぶら下がって降りていけるのかもしれなかった。

 唯一、自分と身体的な条件が同じに思えるフウは恐らく、ある程度の高さから落ちれば大抵の人間は死ぬのだということを理解していなかった。もしくは、猫が木から落ちたとしても無傷で済むことから、自分も犬耳としっぽを生やしているのだからと、油断しているのかもしれない。

 そんな中自分一人だけ、「階段にかかる負担を減らすためペッパーは後から来てくれ」などと、懇願するわけにはいかなかった。

 

 ジョニーは手すりをしっかり握り、遠くを見詰めながら、階段を下っていく。

 天井のあちこちから他にも、ジョニー達が歩いているのと同じ、螺旋が下がっていた。

 螺旋階段はまるで、地上からこの空間を支える為に差しこまれた、螺子のようだ。


 なんとか、階段を降り切った。

 待ち構えていたのは石畳でなく、天井と同じくクリーム色をした岩盤だった。


 洞窟と聞いて、メインの住民は、トンカチを担いだ土住人ドワーフや、日を嫌う吸血鬼人ヴァンパイアだろうと思っていたが、この推測も外れた。

 見たところ、リンダやレイラのお仲間が多そうだった。

 階段があるとは言え、出口が上空にしかないとくれば、羽でもない限り、さすがに少しは便利が悪いらしい。

 

 街の上を覆う岩盤全体が発光し、街に明かりを供給している。

 地上が夕方なのに合わせているのだろうか、薄暗かったものの、視界は悪くなかった。開放的な閉鎖空間。居心地はさながら、東京ドームの中だ。

 

 ペッパーの案内に従い、地下街を歩いていく。

 道中さりげなく、通行人の会話に耳を傾けてみるが、地上に比べ、ジャックに関する話をしている者たちは少ないように思われる。

 

 ジャックの家は、アウロモール地下街の外れにあった。

 地下街の果ては当然、クリーム色の岩壁である。

 岩壁には、ところどころに無数のドアが取り付けられていた。

 壁をくり抜き、住居が作られているらしい。

 翼種が多いからだろう、天井付近に、より多く洞窟住居は見られたが、ジョニーが気軽にノック出来る位置にも、いくつかドアが構えられていた。

 通行人から盗み聞いたところによると、この辺りは『地下の端』と呼ばれているそうだ。


「あそこだぁ」

 

 ペッパーが、岩壁団地の一画を指差した。

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