第十五章 地下街のメロディー④
「あそこだぁ」
ペッパーが、岩壁団地の一画を指差した。
ジョニーは胸を撫で下ろした。
ジャックの家の周りは、スプレーで落書きをされているわけでもなく、卵がぶつけられた痕跡も無かった。
家が無事なら、その中にいるジャックも無事だろうと、ふんだのだった。
五人は、ジャックの家のドアまでやってきた。
「用意は良いな」
ジョニーがノッカーを叩いた。
家の中で、ノックの音が、やけに大きく響いている。
しかし反応は無い。
どうしたものか。
皆の意見を聴こうと、ジョニーが振り返った。
今日ばかりは流石に、先方の都合が悪いからと引き返すわけにもいかない。
リンダがジョニーの脇をすり抜け、何気なくドアノブを回す。
鍵がかかっているだろうと思いきや、ドアはあっけなく開いた。
「ジャックの靴だぁ」
玄関を見たペッパーが言った。
「三足ともあるぞぉ……」
そこには、日々、ローテーションでジャックの足元を飾ってきた全てが揃えられていた。
ペッパーの言いたいことは分かった。
靴を三足以上持つ程度に洒落っ気のある人間は、どんな事情があったところで、裸足で外に出たりはしないものだ。
ということは。
「いるのか、ジャック? 俺だ……上がるぞ」
人の家に無断で、などとお行儀のいいことを言っている場合では無かった。
事態は想像よりずっと深刻なのかもしれないと、ジョニーは嫌な汗を掻いていた。
ジャックは、ノックの音にも反応したくないぐらいに、ベッドの中で打ちのめされているのか。もしくは、警官が家を訪ねてきた時のことがトラウマになっていて、来客の対応にあたれない精神状態になっているのか。
ジョニーの後に、姉妹、フウと続く。
最後に、ペッパーがドアを潜った時、ジョニーはふと、ジャックの家に得も言われぬ懐かしさを覚えた。
その気持ちの理由には、すぐ思い至った。
ジャックの家は、いわば日本規格だったのだ。
ニューアリアという街では、百を超える異なった生物学的特徴をもつ種族が共存していくために、昔の時代から現代に至るまで、思考錯誤が為され続けてきた。
その歴史から、『地下の端』は、どこか置き去りにされているような気がした。
地上では、大半の居住用建築に、多様な種族を受け入れる為の工夫が、大なり小なり、施されている。
しかし地下街は違う。
例えば翼種達は遠慮なく、壁の随分高い位置に家を構えている。
これでは、ジョニーやフウのように飛べない者達が、単独で彼らの住居にお邪魔することはまず不可能だ。
ジャックの家はというと、廊下の幅や天井の高さが、ニューアリア規格に当てはまっていない。街でざらに見かける、身長がジャックの二倍ある種族たちは、この家で暮らして行けないだろう。
痩せていればまだ問題なかったのだろうが、ペッパーもまた、随分と息苦しそうにしていた。
そう言えば出立前に、「ジャックの家には、しばらくお邪魔していないんだ」と言っていた気がする。
子どもの頃に住んでいた家を久しぶりに訪れてみたら、こんなに小さかったのかと驚く事があると言うが、ペッパーも今、そんな気分なのだろうか。だとすれば存外、彼が太りだしたのも、ここ最近の出来事なのかもしれなかった。
二階へ向かい、ジャックの部屋の前まで辿り着いた。
ジャックの名を呼びながら、木製のドアをノックする。
玄関の時とは対照的な、くぐもった音が鳴った。
返事は、ない。
ドアノブを回す。
部屋の中は、無人だった。
ジョニーの心がほんのわずか、勝手に高揚する。
「こんな時に」と、自分でも思いはしたものの、やはり初めて訪れる友人の部屋というのは、いつだってそそるものなのだ。
我らのエースが、ここで普段どんな暮らしを送っているのか、しばし思いを馳せる。
こんな部屋に住んでいる、ジャックと同い年の高校生など、日本には絶対にいないだろう。
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