第十五章 地下街のメロディー②

「少し外の通りで、色んな人の話を盗み聞きしてみたわ。ジャックの話題ばかりだった……いつの間に、あんなデマが広まったのかしら」

 

 フランケンズ・ディストのメンバーは皆、噂より、フウの証言を信じていた。


 ジャックは、ロズを命がけで救った英雄だ。

 街中が何と言おうと、自分達は本当の事を知っている。

 その事だけでもきちんとジャックに伝えておかなければと、今日中に皆でお見舞いに行こうと言う話になり、今、その支度途中というわけだった。


「こういうケースの場合、家に帰ってからも、危険は終わらないの。ジャックの家の周り、かなり治安が悪くなっていると思うわ。私と姉さんも、スカイバラックで似た経験をした。ああ、思い出したくもない! 朝起きたら窓にびっしり、卵の殻と白身が……」


「面妖な! 面妖な! 面妖な!」

 

 レイラの言葉を遮って叫びながら、フウが舞台袖からやってきた。


 指名手配犯であるフウは姉妹から、変装を勧められていた。

 ジャックの家の周りに、警察関係者が潜伏しているかもしれないからとの配慮である。

 ジョニーの部屋に籠って支度させていたのだが、ようやく完了したらしい。

 

 跳ねて歓喜するフウ。

 その頭には犬耳が、腰からはボリュームのある尻尾が生えていた。

 何が楽しいのか、尻尾を遠心力に任せて、壁に叩きつけ続けている。


「変身薬、やっと効いてきたみたいで、良かったわ。これで何処からどう見ても、立派な犬人ドギーね。お見舞いにいって、今度はフウが捕まったんじゃ笑えないもの。オーバーオールもぴったり。尻尾テールホールは、縫ったのが私と姉さんだからおざなりだけど、ジャックが元気になったら、直してもらいましょうね。それと、気に入ってくれたのは分かったから、大人しくしていて」

 

 まるで母親だと、微笑ましく笑っていたジョニーの耳に、リンダが唇を寄せる。

 フウの耳を指差し、言う。


「ジョニーも……今度、あれ、使って」

 

 ホールの入口が開いた。

 自宅へ一旦戻っていたペッパーが帰ってきた。

 リンダが、今度こそはゆっくり休めと勧めると、歩いてきたから大丈夫だと、ペッパーは返した。

 

 ペッパーは、小さなトランクを、胸に抱えていた。

 彼のソーセージのような指達にかかれば、取っ手がいらなくなってしまいそうなミニサイズだ。

 リンダとレイラから鋭く突っ込みを入れられると、恥ずかしそうに中身を披露した。


「……少しでも、ジャックの為になるかと、思っただけなんだぁ」


 トランクの中には、菓子が詰まっていた。

 三段に仕切られていて、トランクの開閉に連動し、立体的に飛び出す仕組みになっている。


「昔、ジャックとよく、菓子屋遊びをした。ジャックが店員で、僕はいつも客だった。ジャックの指示通りに吐くまで食ってやれば、どんなにぐずってても、必ず泣きやんでくれてたんだよぅ……」


「何歳の時の話よ」


「ジャックの婆ちゃんかてめー」

 

 姉妹にペッパーがからかわれているのを見ながら、ジョニーは全員の準備が整ったことを確認した。

 

 出立の前に、ジョニーは何か一言、檄を飛ばさなくてはと言う使命感に駆られた。


「よし、みんな聴いてくれ。ジャックは間違いなく傷付いてる。だが、ジャック自身と俺たちだけは、真実を知ってる。なら、胸を張って舞台には立てるんだってのを、伝えに行こう」

 

 フランケンズ・ディストが結成され、今日に至るまで、トラブルはつきものだった。しかしそれは、チームを完全なものにしていく過程においての、いわば生みの苦しみがほとんどだった。


 仲間の一人が冤罪で追い込まれるなど、自分達にとっては未曾有の危機だ。

 姉妹、ペッパー、そして相変わらずとぼけた振る舞いを見せるフウに至るまで、皆、一人では抱えきれない不安を、共有し合っているのがわかった。

 

 良いメンバーに恵まれた。ジョニーは改めてそう感じていた。

 

 サン・ファルシアまで、一週間を切っていた。

 ここまで、七か月だ。

 メンバーの中で、これまで過ごしてきた時間を、かけがえなく感じていないものはいなかった。

 だが誰ひとり、「ジャックがダウンすれば歌唱祭への出場が難しくなり、これまでの練習がふいになる」という考えは、持っていないようだった。

 これまで過ごしてきた時間を大事に思っているからこそ、同じ時を歩んだ仲間の身だけを、純粋に心配しているのだ。


「デッキブラシは置いていこう。ジャックが潔白なのに、俺たちが本当に暴力沙汰でも起こしたりしたら、顔向けできないからな。何かあったら、俺の後ろに隠れてろ。それとも皆でペッパーの後ろに回った方がいいか」


「勘弁してくれよおぅ……!」

 

 ジョニーは、リンダとレイラからデッキブラシを預かり、舞台袖に戻しに行った。

 壁際に立て懸ける。

 並んだ六本の姿をしばし眺めながら、やはりこうでなくっちゃなと感じた時だった。

 

 頭に、柔らかな重みが乗った。

 フランケンだった。


「そうだ、お前も忘れちゃいけなかった。古巣が恋しくなったか?」

 

 撫でてやる。

 すると、しがみつくように、鍔をジョニーの首に巻き付け、身体を揺すってきた。

 

 いつものように、じゃれついてくるのとは、様子が少し違っていた。

「早く行くんだ!」と、急かしているかのようだった。


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