第十四章 モンスター/スーサイド/ニューアリア②

 グリーヌは、大鬼人ヘカゲイル二人の腕にぶら下がるようにし、辛うじて自分の足で歩いているという体裁を守っていた。

 

 ルタは襟元を正して、じっと待ち構え続けていたが、アーマレッドはテーブルに客人が訪れるまでの間に、肉団子を四個も、自慢の鷲鼻を抑えながら試していた。結果、アーマレッドの方が、かえってかしこまった面持ちでグリーヌを迎えることとなった。


「異界生まれ管理官、ルタ・ディモーノ殿だな」

 

 グリーヌを挟み、向かって右の大鬼人が言った。

 

 ルタは神妙に頷いて見せながら、大鬼人の言葉遣いが存外丁重であることに、驚いていた。

 神託課とまともに接したことなど無かったが、神のお告げを漁り回ろうなどと躍起になっている連中など、神の威を借りずには会話も出来まいと、思いこんでいたのである。

 

 グリーヌが、小刻みに首を傾げながら、ルタの顔を見詰めていた。

 エリエン種の顔の骨格は、角を取った大きな逆三角形をしている。

 艶めいた黒石がごとき、白眼も虹彩も見られぬ二つの大きな瞳は、瞬きすらせず、焦点も、常にはっきりとしていない。神託課の言を信じるなら、『日常的に宇宙だけを見詰めている瞳』。


「何の御用で?」


「グリーヌ様からの神託が降りた。実は今、その内容のせいで法務局と神託課の上層部が、大騒ぎになっているのだ。神託に間違いがなければ、前代未聞の事態だ。ルタ殿にも積極的に協力していただきたい。故に、食事中申し訳ないが、神託の内容をひとまずは聞いていただきたいのだ」

 

 アーマレッドが、欠伸を噛み殺していた。「飯の後に出てくるなんて、神託ってのは随分お行儀が良いんだな」と顔に書いてあった。


「かしこまりました」

 

 ルタが、グリーヌに向き直った。

 グリーヌの、細い裂傷を思わせる唇の無い口が、忙しなく、動かされた。


「ペルペルペポポルパラザラペリメヌペオノルノルピケ」


 昇進に響くような気がしたルタは、とりあえず、首を縦に振って、理解した振りをした。


「……指を、差しだすのだ」

 

 気まずそうに、大鬼人が言った。

 ルタは襟を正し、咳払いで取り繕い、改めて人差し指をグリーヌの眼前に翳す。

 

 ルタの指先にグリーヌの指先が、そっと触れて来た。

 グリーヌの、灰色をした爪の先が直接、ルタの脳に声を届けた。


『正統ならざる者、異界より現れた! 神の裁定の秤を欺き、龍の定めた理を外れ、災いをもたらさんとしておる! 既に、破滅の狼煙は揚げられた! 追放せよ! 追放せよ! 追放せよ!』

 

 グリーヌの神託を解釈するやいなや、ルタは事の重大さを悟った。


「異界よりエルヴェリンへ、不法に侵入した者が現れた、だと。本当ならば、世界を脅かす不祥事だ。破滅の狼煙………………まさか、先日の像塔火災か!」

 

 大鬼人たちから、頷きが返ってくる。アーマレッドの眼光にさえ、鋭さが宿った。


「捜査隊を結成する必要がありますな。上は何と?」


「すぐにそうするつもりのようだ。ルタ殿にも、すぐ声がかかるだろう。また、前代未聞の事態故、最悪、調査には禁忌術も用いるとのことだが、詳しくはまだ……」

 

 一体誰が。

 神の許しを得ずに、異界との隔たりを超えてくるなど、常人にはまず不可能だ。

 

 しかしルタにも、心当たりが全くない、と言うわけでも無い。

 繰り返し大騒動を引き起こしながらも、最近はめっきりなりを潜めていることから、半ば警戒を解かれつつある男が一人、このニューアリアにはいたはずだった。

 

 大鬼人やアーマレッドに意見を聞いてもらおうと思った、矢先だった。


「ルタ殿、おられますか!?」

 

 ルタが最近目をかけている、同じくゴブリンである新人法務官が入ってきた。法務印章の入った新品のマントを翻し、テーブルに近寄ってくる。経験の浅さゆえか、ひりついた空気に、遠慮する様子もない。

 

 いかに火急の案件であったとしても、後にしてくれと追い払うつもりだったが、彼の口にした内容に、その場の全員が、一気に惹きつけられた。


「先日の、像塔火災の捜査について、進展がありました。火災発生当時、怪しい人物を目撃したと通報があったそうです。今現在、容疑者として事情聴取を。その者の名は……」

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