第十四章 モンスター/スーサイド/ニューアリア

第十四章 モンスター/スーサイド/ニューアリア①

 ジョニーが庁舎から独り立ちした後も、異界生まれ管理官のゴブリン、ルタ・ディモーノは、忙しく日々を過ごしていた。

 法務局勤めを始めたころからの腐れ縁である、同族の友人アーマレッドと、庁舎の食堂にて昼食をとっていた。

 給仕が運んできた皿の上を見た後、二人は顔をしかめる。

 アーマレッドが言った。


「うっかりしておったな。そう言えば今日の献立はこいつだったか」

 

 山盛にされた、肉団子のピンク・フルーツ・ソースがけ。


「百以上の種族が、同じ街にかたまって暮らしておればこそだが……他の種族にもギリギリ食えるからといって、共通メニューとして日替わり定食に加えるのはどうなんだ? こんなゲテモノを好む連中の気がしれんわ。硬骨のフライ、次は何曜日だ?」


「その発言は捨て置けんぞ、アーマレッド。自由と平等のニューアリア。他種族の味覚は尊重せよ」


「これは失礼、異界生まれ管理官殿」

 

 アーマレッドは笑って、ルタのしかめっ面をあしらった。

 しかしルタが、肉団子を口に運ぶのを見た途端、今度は逆にアーマレッドが渋面を作る番になった。


「多忙なのは知っていたが、きつけのつもりか?」


「知っておったか、このレシピは、ジョニー様より一つ前の異界生まれ様がこの世界に渡って来られた事により、広まったのだ」

 

 ルタの目の端から走る細かい皺にそって、薄く涙が滲んでいた。

 アーマレッドという人間は、厳格な友人とバランスを取るように、どこかいい加減な性質であったため、ルタの苦悩を、いまいち察することが出来ないでいるようだった。


「五年前、エリエン種族がエルヴェリンに召喚された際の事だ。エリエン種の異界生まれであるグリーヌ様は初め、この世界の食物を受けつけなんだ。七日七晩の後、ようやく、街中の料理人が試行錯誤の果てに生みだしたこの肉団子を食しなさった」


「あったな。そんな事件も」


「以来、グリーヌ様は月に一度、牛七頭分の肉団子を食すと共に、宇宙からの神託を、我らに与える。神託課の者達が厨房で肉団子を、慣れた手つきで拵えているのを見る度に……」


「どうして、月一でコックが皆スーツ姿になるんだと思っていたが、あいつら神託課だったのか」


「虚しくなる。この街を発展させるために召喚されたのだと言う自覚が、グリーヌ様に比べ、ジョニー様にはどうも足りない。日がな一日、遊び回っているだけのように思われる」


「ルタじゃ無く、俺と組んだなら気が合っただろうに」


 アーマレッドも、ものは試しにと、神託課謹製肉団子を口に放り込んだ。


「確かに、宇宙の声でも降りてきそうな味だ」

 

 食堂の入口がざわついた。

 偶然にもアーマレッドの呟きは、まさに予言となった。

 

 三人分の人影があった。

 うち二人は、平均的な二手二足系の身長から倍に引き伸ばされた体躯をしており、螺旋の溝が入った大角を頭部から生やしている。

 大鬼人ヘカゲイルだ。

 神託課の連中だった。

 龍語の一文字が背に刻まれたスーツに、フリル付きエプロン。間違いようがない。

 

 そして、巨種二人に挟まれた、もう一人。

 市民にとっては見慣れない種族だろうが、庁舎勤めで彼女を知らないものは、一人もいない。

 

 話題のエリエン種、グリーヌ当人である。

 

 灰色味がかった全身。骨と皮だけの痩せ細った両足。

 召喚当初は絶食による失調故の外見だと思われていたが、神託課の献身が行き届いてなお代わり映えしないことから、二年前ようやく、種族固有の特徴として認知された。

 今年に入るまでは、衣服の着用を執拗に拒んでいたらしいが、最近になってようやく、腰布を一枚、身につけてくれるようになったらしい。おかげでこうして、人前にも姿を現せるようになったというわけだ。

 

 大鬼人二人の視線が、ルタとアーマレッドを捉えた。

 

 どうやら、こちらに用があるらしい。

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