第九章 フューシャ・スライと世界が廻る

第九章 フューシャ・スライと世界が廻る①

 ジャックと、姉妹はおろか、ジョニーでさえ、後から知ったことだった。

 

 ミクシア祭の数日前に、一旦視点を飛ばそう。


 異界生まれに、ジョニーという名がまだ無かったころの話だ。

 その日、高城たかじょう寧太ねいたは庁舎の一部屋で、殆ど夜通し、ゴブリンの異界生まれ管理官と、テーブルを挟んで顔を突き合わせていた。

 異界生まれの種族登録は、行政上の理由で、速やかに行われる必要がある。

 もし、遅滞が起こるようなことがあれば、それは管理官の落ち度となる。

 異界生まれが召喚されるのは、数年に一度。

 それに付従する管理官は、臨時の特殊職であるものの、重責であり、同時に、出世を力強く後押しする経歴となる。

 

 高城が最初に、自ら提案した登録用の種族名は、『人間』であった。

 管理官は、エスノセントリズムの極みだという理由から、これを却下。

 それに続き提案された『日本人』という種族名も、どこか大仰な響きから棄却。

 以降の提案も、どれも似たような理由で賛同されず、退けられ続け、最終的にゴブリンの方から、これなら何とか妥協できると、二案の提出に至ったが、それらは逆に、今度は高城からの不評を買ってしまった。

 せめて、高城がアイデアとして挙げた名称の内から選ばれたのだったら文句も出なかったかもしれないものを、管理官の二案は、会話の流れの中で偶然登場した単語から、拾われたにすぎないものだった。

 窓から朝日が差してきたのを見てとった管理官は、高城に詰め寄った。


「いい加減、腹ぁくくってくだされ! 『テンプラ』か『ニンジャ』か!」

 

 丁度、『ニンジャ』のタイミングで、とっくに座ったまま寝落ちしていた高城の首が、こっくりと垂れ下がったのだった。


 …     …     …


「我々、エルヴェリン在来種においては、到底考えられないことですが……ニンジャというのはもしや、非常に短い期間に子を為し、また、三日と経たずにその子どもが成人になるのが、常なのではありませんか? もしくは、身体を分けたり、自身の精神を宿す個体を二つ、同時に存在させたり、そういったことが可能なのでは?」

 

 ジョニーは、シュリセの質問を聞きながら、一体どういった事情があれば、忍者についてここまで深刻な表情で初対面の相手に質問しなければならない状況が生まれるのかと、考え込んだ。


「………………そりゃ、ニンジャならできるんじゃないのか? 変わり身や分身なら」


「認めたな!」

 

 ジョニーのシュリセを見る目は、いよいよ白けはじめていた。


「我々への接触は、これが初めてというわけではなかったということ。祭りの夜、警察に捕まり投獄されたのは、貴様の分身に過ぎなかったと言うわけか!」


「おい待て、何の事だか、何言ってるのかさっぱり」


「とぼけるな!」

 

 一喝に、ジョニーが身をすくめる。

 怒気に押されたわけではなく、得体の知れないボルテージを勝手に高めていくシュリセが、気持ち悪かったのだ。


「ミクシア祭の夜、異界の技でもって、僕らのフィナーレを邪魔したろう!」


「はあ!?」

 

 ジョニーは両手を広げて、ナンセンスだとアピールした。

 

 勿論、祭りのステージに乱入者があったことは知っている。

 この目で見ていた。

 お気の毒にとも、思ったものだ。

 

 しかし、あの乱入者と自分とでは、髪型が、身長が、何より口調が全く違う。

 急に忍者の事を聞きたがったり、甚だしい人違いから敵意を向けてきたり。

 ジョニーにはもう、シュリセの気持ちが、さっぱり分からなくなっていた。

 

 …     …     …


 ニューアリア人としての考え方にいまだ慣れないジョニーが思い至らないのも、仕方の無いことだった。

 ここが日本であれば、ジョニーとフューシャを関連付ける者はいなかったであろう。

 二人の間に、何ら似た性質を見いだせないからだ。

 しかしここはニューアリアであり、多種族文化が無数に交わる都市であり、ジョニーとフューシャは、見た目だけで言えば完全に同一種族とみなされてしまうのである。

 だがそんなこと、ニューアリア暮らしの浅いジョニーにはまだ、思いもよらなかったのだ。


 …     …     …


 事情を計りかねているジョニーを、シュリセは糾弾し続ける。


「今日、僕達を待ち伏せしたのも、お目当てはまた僕のフィアンセか? 言っておくが僕の目が金色の内は、ロズにもう二度と手出しはさせない」


 シュリセが、近くに立っていた少女の肩を抱きよせる。

 慣れているのだろう、男の急なリードにも、たたらを踏むことなく美女は応え、その腕の中に収まった。


 ロズと呼ばれた少女はどこか、バツの悪そうな顔をしていた。

 

 途端、ジョニーはこれまでロズが、誰かしらメンバーの背後を取るなどして、姿を隠していたのだ、ということに気がついた。

 彼女が、自らの意思で気配を消していなかったとするならば、例えシュリセとの会話にどれだけ夢中になっていた所で、彼女が目の端を掠めただけでもジョニーは、注意をまるごと、奪われなかったはずがないのだから。

 

 それほどに、美しい少女だった。


 ジョニーは、ロズがそんな態度をとったわけを、思索し始める。

 すると、あることに気が付いた。

 

 ミクシア祭のオーロラ・ステージに立っていた時は、遠目だったのもあって気がつかなかったが、この派手目の美女は、ジャックが時計塔の下で目をつけ、引っかけようとした女ではなかったか。

 

 気付いた途端、ジョニーは容易く、ロズに気安さを持った。

 思考が、「なぜロズが自分から身を隠していたのか」という本題に返るより早く、彼女のフィアンセの存在も忘れ、あの時、ジンハウス姉妹の乱入でうやむやになったナンパの返答をジャックの代わりに聞いておいてやろうという気分になった。

 その気遣いが、ロズの仲間内での立場を悪くし、ジャックを破滅に追い込むものであるとも知らずに。

 

 ジョニーが、ロズに向き直る。

 すると、間違い探しの画像をスライドで切り変えたがごとく、メグラチカ通り、スペーノ塔前の風景に、一つの異変が現れていた。


「清閑なる石の部屋! 厚遇、まさに欣快の至りであった!」

 

 緊張状態のメグラチカに余りにそぐわない、大仰な騎士の振る舞いを真似る子どものような叫び声。


「しかし、牢の檻と我はまさに金石の交わり。檻、曰く、あの部屋が我に相応でないということなれば、黙して厚遇を辞する以外に無かったのだ。……だが再びこうして相見えたぞ! 清らかなる森の乙女よ!」

 

 目の前に、シュリセ曰く牢に投獄されている最中とのことだったジョニーの分身……もとい、フューシャ・スライが、存在していた。

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