第六章 ミクシア祭の夜は燃える
第六章 ミクシア祭の夜は燃える①
拝啓。異界生まれ管理官のゴブリン様へ。御中。
先日は、あなたの顔を見るなり逃亡してしまい、まことに申し訳ありませんでした。
善良な串焼き屋を火の海に変えてしまったのも、本当に、許されないことだと思っています。
あなたは、私のこの一連の行動を、何の思慮もない、愚かな行動だと思われているでしょうが、それは違います。
一つずつ、細かく弁明させてください。
まずあなたは、私があなたの顔を気持ち悪いと思ったから、この世界にやって来た日、あなたから逃げ出したのだと、思ってらっしゃることでしょう。
無理もありません。
いや、無理もありませんというのはつまり、あなたが不細工だと言っているのではありません。
私のリアクションが、それだけ大げさだったと言っているのです。
私は、あなたを不細工とは思いません。
なぜなら私にとって、ゴブリンの顔の美的基準は、まだよくわからないからです。
ただ、それほど良いほうでもないのだろうなと言うことだけは、この何日かで何となく理解できたので、誤解を招かないよう、付け加えておきます。
男は顔ではありませんよ。絶対に。
私があの場から逃げ出したのは、色々びっくりしたからというだけです。
次に、店を燃やした件についてです。
あれは本当に申し訳なかったと思っています。
あの三人の未成年は、私がそそのかしたのです。
嘘ではありません。
間違いないです。
本当なら、あんなことを出来るはずもない、善良な少年少女たちです。
確かにあの双子は普段から非行に走っているようですが、だからと言って、何かひどいことが起こったとき、そこに彼女たちがいたからといって、全部彼女たちが元凶だと考えるのは、あまりに思考停止が過ぎやしませんでしょうか。
頭ごなしに決めつけるのは、よくないと思います。
なぜなら、子供が非行に走るのは全部大人のせいなのですから。何もかも社会が悪いのです。
とにかく、私一人が、『異界生まれ』だということで、罪を逃れ、あの三人がまだ捕まっているのは、納得がいきません。
私も処罰しろと言う意味では、勿論ありません。
彼と彼女ら三人だけが拘留され、私一人が助かったことに対しては、激しく心を痛めております。
彼らだけが罰せられるくらいなら私も、という気持ちは、当然のように抱いています。
ですが、『異界生まれ』である私が、何やら特別に保護されていることくらいは察しているので、難しい要求をして、管理官殿を困らせるようなことをするような私ではありません。
つまり、何が言いたいかと言うと、あの事件はほとんど、『異界生まれ』であるこの私が、引き起こしたということだけ、今一度、意識してもらいたいです。
誠意を見せてほしいのです。
私がこの手紙を書いたように。
草々。息災を。お元気で。大好きです。
ジョニーより。
「名文だね」
「一週間費やした」
「直訴状なのに、なんでまだ手元に残ってるの?」
「突っ返されたんだ」
ジャックは、これを渡された時の、異界生まれ管理官の心中を想像した。本当にこの書状のおかげで、自分とジンハウス姉妹が懲罰牢塔から連れ出される運びとなったのか、考えてみる。
力作に関係なく、高城そのものが『事情』なのだ。
自分達三人がお咎めなしになる理由は、高城の存在だけで十分だったに違いない。
異界生まれは、貴重な資源。
その生誕に、余計なスキャンダルを伴わせたくなかったのだろう。
一週間の拘置所暮らしの後、娑婆に出てみれば、事件の真実を掴ませないための間違った噂が飛び交っているのを何度も耳にしたし、フリダズ・スキュワーに行ってみれば、近日二店舗目オープンの看板がかかっていた。
作り話と金をニューアリアに吐きださせたのは、今、自分の隣を歩いている男に他ならなかった。
「『ジョニーより』っていうのは?」
手紙の一番下に、見知らぬ名が書いてあった。
「俺の名前だ。
ジョニー。
ジャックは、心の中で反芻する。
頭の中の、『高城』という言葉が居座っていた部分に、『ジョニー』は驚くほど簡単に滑り込み、元の住人を追い出した。
不思議と馴染んで、呼び間違える心配もなさそうだった。
ジョニーは、興奮を隠しきれない様子で、街の風景を見回していた。
今日と言う日の再開は、二週間ぶりであった。
ジンハウス姉妹との闘争の果て、フリダズ・スキュワーを火の海にしてしまったジョニーとジャックは、ジンハウス姉妹諸共、お縄につくこととなった。
あれは丁度、馬車の中で、ジョニーがリンダとレイラをナンパし始めた時だ。
馬車の窓の外から、何者かが覗き込んでいた。
馬に乗った誰かが、馬車と危険なほど接近しながら、並走していることに気がついた。
ゴブリンだった。
小柄な体を、馬上でバウンドさせながら歯を食いしばり、血眼で馬車の中を睨んでいた。目当ての人物がいるらしいが、眉間の上で弾む眼鏡のせいで測り兼ねているらしい。
心当たりがあっても、名乗り出るのを躊躇するほどの剣幕だったが、ゴブリンにとっては幸いに、尋ね人は怖いものなしであった。
「誰かと思えば。どうした、鬼みてーな顔して」
「異界生まれ様あああああああ! あんた何やらかしとるんですかあああああ!」
馬車に、急ブレーキがかかる。
御者であるケンタウロスの心臓が止まったのではと、ジャックは心配した。
ゴブリンの叫び声は、それほどまでに強烈だった。
ジャックも初耳だったが、ジョニーは、『生誕の儀』をすっぽかして、街中を逃げ回っていたらしい。
ゴブリンは、ケンタウロスの警官と二、三言で話をつけた後、ジョニーだけを連れて行ってしまったのである。
それっきりだった。
ジャック、そしてリンダとレイラは、懲罰牢塔に、それぞれ数日間の拘留。
そして、突然の恩赦。
家に返ったジャックを待っていたのは、泣きじゃくる母親、何も言わずに家のドアを開ける父、そして、ジョニーからの手紙だった。
『お前ら、勇気を出せ! 初めて会った場所で待ってる!』
それだけだった。
お前ら、という書きだしに、何故だかジャックは、安心した。
きっと、リンダとレイラの元にも、全く同じ内容の文面が届けられているのだろう。
手紙なのだから、送り先ごとに書き分ければいいのに、それすら横着して、三枚の便箋に同じ文面を走り書きするジョニーの姿が、脳裏に浮かんだのだった。
まるで、リンダとレイラもそばにいて、共にジョニーから呼びかけられているような気にさせられた。独房に冷えた心には、その幻想はとても優しかった。
祭りは、相変わらず怖かった。
だが、恩赦がジョニーのおかげであること、そして、ジョニーとの縁をあのような形で断ち切りたくなかったことから、誘いに乗らない理由は無かった。
幸い、釈放されてから祭りまで、数日の期間があった。
おかげで、あの日のフリダズ・スキュワーほどまでとは行かなかったが、何とか心に勇気を、再び灯すことが出来たのである。
そうして二人は今、ミクシア祭に賑わう、ニューアリアの街を歩いていた。
待ち合わせ場所に辿り着く前に、ジャックとジョニーは偶然、人込みからお互いを見つけ、合流していたのだった。
ジャックも、祭りに参加するのは初めてである。
ジャックの心に、次から次へと湧き上がってくる複雑な興奮を、ジョニーの言葉が端的にまとめ上げた。
「明るい……眩しい!」
ミクシアは、学問の神様である。
遥か昔、学問を志すものに遊ぶ時間などなかった頃。
しかし、今を生きる少年少女らと同じように、学徒である前にティーンエイジャーであった偉大な先祖たちは、学問に忠節を示しつつ羽目を外せる方法に腐心し、見事に両立させて見せた。
街は、炎に支配されていた。
各建物の屋上は、今や四角い火口だった。
黒以外の、様々な色をした炎を溢れさせ、壁面にまで伝わせている。
溶炎凝固石という、何千年も前の龍の炎が結晶化したという資源が、隣国との国境、ヴール・プス山脈では豊富にとれる。
透明な鉄で出来た窯を用いて、鉱石からどれだけ多くの炎を採取することが出来るか、という、炎術師系研究塔の発表会……という建前の、街のイルミネーションである。
屋根や屋上から噴き出る炎が、家々の壁を、覆うようにして垂れている。
食パンの塊の上から、色とりどりのハチミツを垂らし続けているみたいだと、ジャックは思った。
建造物たちが、天辺から炎を吹き上げ続けるリズムは、石造り、レンガ造りの建物の屋上に、巨大な生き物の口だけ移植してきたのではないかと思わせるほど生々しい。
炎は、壁面を伝い、地面に垂れるまでに、気化する。
ジョニーは、冷たい炎が珍しいらしく、壁を垂れ落ちてくる炎を指ですくいながら、炎が数秒間、指先で蝋燭のように揺れる光景を、楽しんでいる。
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