第五章 Beast field
第五章 Beast field①
時計塔から街道を西へしばらく向かうと、『フリダズ・スキュワー』が見えてくる。
飲食街の人気店。
セルフ方式の串焼き屋。
この店の大きな特徴は、建物が無いことだった。
空地に、木箱と丸テーブルが並べられ、具材の刺さった串が、そこらに山積みにされている。
中でも、刀剣のごとき大きさの串に刺さった、殻ごと食える巨大エビが人気だった。
選べる炎は三種類。
店の中央のスペースでは三つの、それこそハーピーくらい放りこんで丸焼に出来るサイズの大缶から、赤、白、茶褐色の炎が噴き上がっている。それぞれ、
店内は、学生から大人まで、幅広い層の客で、賑わっている。
幅広い、とは、年齢に限らず、種族に関しても同様であった。
屋根のないこの店は、ギガースやナーガなどの大きな体を持つ種族にも受けがよく、飛行中のハーピーやセイレーンからも目立つため、多種族都市のニューアリアにおいて、理にかなっていた。
店主であるハーピーの女性が、勘定台から従業員である愛娘に指示を出す。娘は従い、奥の方に積まれていた薪を抱えて、大缶の方へ駆け寄っていく。
授業を入れていない日だけ、店の手伝いに入るこの娘も、客入りに好影響を与えていることは明白だった。
若い客の一人が彼女に近づき、代わりに薪を持つことを申し出た。
ギガースの中でも特に大柄な、木箱を三つは使わないと椅子代わりにならない背丈の、少年である。
はやし立てる仲間のヤジ、抜けがけに対する別のテーブルからの恨みがましい視線。その全てが、この店の温かい活気を作っていた。
ギガースの少年は、艶やかな青い羽根を持つ看板娘を、今日こそミクシア祭に誘うつもりだったのだろう。
ギガースである少年が、ハーピーの少女に耳打ちするには、大きく膝を折らねばならない。
目立つ仕草を強いる、自身の種族の宿命に頬を染めながら、少年が中腰になった時だった。
ごん、と鈍く叩く音がした。
熱演されていた芝居の一場を茶番だと切り捨てる、演出家の合図のようだった。
店の中央、燃え盛る大缶の縁が、叩かれた音だった。
リンダ・ジンハウスとレイラ・ジンハウスが、デッキブラシのヘッドを、鼻歌混じりに炙っていた。
固藁の焦げる匂いに反応した店主が、近づいてきた。
「二度と来るなと言ったはずだよ」
店主である中年女ハーピーの両腕は、縮れ毛ならぬ縮れ羽だ。
それをいからせるさまを、姉妹は、燃え盛るブラシの頭と見比べてやることで貶めた。
リンダが、ポケットをひっくり返す。
銅貨がこぼれ、散らばった。
意図を測り兼ねた店主が、ペッパー・ファイアの向こうに揺らめく、リンダの笑みを凝視する。
「受け取れよ。いつもタダ飯させてもらってるんだ」
無銭飲食の告白。
店主の顔が、更に引きつった。
「これだけ出せば、店ごと買い取られても文句はねーだろ」
リンダによる、鮮やかな理論の跳躍。
すなわち、難癖。
そこから間をおかず、宣戦布告。
レイラが、三つある大缶を蹴り倒していく。
三色の炎が流れ、串焼き屋の敷地の上一杯に広がっていく。
店の床は、道路と地続きの石畳だが、それが今や、灼熱のパレットだった。赤と白と褐色の溶岩が、乱れた紋様を作る。
調味炎は、通常の炎の持つ、燃え移る性質を勿論、除去されているため、服を焦がす心配はないものの、それでも、とても人が立っていられるような温度では無い。
フリダズ・スキュワーは、怒声と悲鳴の入り混じる大混乱を呈した。
青い羽根を羽ばたかせ、看板娘は飛び立って逃げ、ギガースの少年は、巨体に似合わぬ爪先立ちで、器用に跳ねながら、地面に広がる炎を避けて道路に躍り出る。
リンダとレイラは、手をつないで飛び上がると、炎の海に浮かぶ孤島群と化した丸テーブルのうちの一つに降り立った。
燃え盛るブラシを、頭上に掲げる。
海賊旗を掲げるがごとき、征服の合図。
敷地内に、リンダとレイラしかいなくなるころには、十軒先にまで、騒ぎは知れ渡っていた。
その場にいた者達の態度は様々だった。
まず店主がショックのあまり失神し、それを受けた娘は泣き崩れる。
極悪姉妹は、息を飲む聴衆の中に、声を上げて自分たちを非難するものはいないかと探した。
すると姉妹の望むままに、有象無象の中から、姉妹の暴挙に立ち向かうものが現れた。
先ほど、看板娘に声をかけていた少年を中心とする、ギガースのグループだった。
大きな体を持つ彼らは、正義感を尊ぶが、義憤に思考がついて行かない側面もあり、それが店主には悪いように、姉妹にとっては目論見通りに働いた。
敷地脇の道に追い出された形となったギガースの少年たちは、まず、武器を探した。
フリダズ・スキュワー内の、炎のぬかるみが届いていない位置に、最適の武器があった。
串に刺される前の具材の在庫がたっぷり入った、木箱や皮袋たちである。
それらが持ちだされ、木箱の上蓋が力任せにこじ開けられて、透き通ったピンクの果肉のフルーツや、下ろされた魚の切り身が姿を現すのを、姉妹はほくそ笑みつつ、丸テーブルの上で寄り添いながら、遠目に見守っていた。
具材達は、ギガースの手のひらをもってすれば、まとめて三つは一握りに収まった。
投擲。
揺らめく三色の炎の海の向こう、道なりに並んだ少年達から、テーブル上の姉妹を炎に突き落としてやれと、串ネタで構成された弾幕が襲いかかってきた。
ギャラリーの誰しもが、一方的な展開を予想しただろう。
ギガースたちは豊富な弾薬庫を手にしていたが、姉妹の立つテーブル周りはと言うと、炎の沼に囲まれるのみである。
だが、青筋を浮かべたギガースたちの力投は、姉妹に脅威を与えなかった。
飛来する、肉、魚、豆、ジュースのガラス瓶、便乗した群衆の投げつける革靴、その全てを姉妹は、巧みなブラシさばきで、叩き、逸らし、散らし、砕く。
痺れを切らしたギガースの少年が、まだ中身の詰まった木箱を一つ、頭上に持ち上げ、放り投げてくる。
これまでとは比べ物にならない、特大の弾頭。
力任せの遠投は、リンダとレイラのテーブルに直撃コースの放物線を描いた。
ギガースをして、持ち上げる際のあの力み様である。
テーブルにかすりでもすれば、ひっくり返すほどの威力だったに、違いなかった。
躊躇なく、テーブルの上で、レイラがリンダの後ろに引っこんだ。
姉を盾にしたわけでは無かった。
単純な役割の問題だった。
リンダが上体を大きくそらし、振りかぶり、飛来する木箱に、ブラシのヘッドを打ちつける。
店の敷地から離れて遠巻きに騒ぎを見守っている連中たちにさえ、その風切り音を聞かせてやろうとするような、リンダの渾身、景気の良すぎる一撃だった。
中空で、投擲のエネルギーを完全に相殺された木箱が、粉砕される。
木片が、テーブルの周囲に散り、炎に溶け、薄い色の火柱を上げる。
中にぎっしり詰まっていた、脆くて小さいパイたちが弾け、リンダとレイラに向かって何十個と降り注ぐ。
身体に当たった端から、破裂し、黄色いクリームが髪に、羽に、服に染みて張り付く。
デッキブラシも、リンダの背骨も、鉄芯でも入っていなければ説明できないような頑丈さであった。
リンダは、舌なめずりした。
口の中に、生地の香ばしさと、クリームの濃厚な甘味と、木箱が砕けた際にまき散らした、木粉の味がしていた。
彼女を昂らせる、喧嘩の味であった。
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