第四章 片翼のハーピー、リンダとレイラ③


 あれは数年前、ジャックが学塔に通う年齢になってから、一年ほどたった時のこと。


 目立つ奴の噂は、簡単に広まる街だ。

 おまけに彼女らの場合は、空から噂の種を自分たちでばらまいているようなものだ。学生の集まりは、肥沃な大地だ。芽は一瞬で育ち、時に、撒いたものを裏切るほどの醜い実を枝につける。

 

 各研究塔が始業の看板を掲げる朝、ニューアリアに登街してきたハーピーの生徒達が、市営グラウンドの一画に次々と着地していく。

 

 群れの中に、面白い奴が混じっている、と、誰かが言っていた。

 

 ハーピーを筆頭とする翼種は、ジャックのような二本の腕の代わりに、二つの翼を持っているのが普通だ。

 豊かな羽を肩口から露出させ、羽ばたき、空を飛ぶ。ジャックや、その他の多くの種族にみられる、器用に物をつかむ為の指や手のひらは、存在していない。

 だから、


「ハーピーが手をつなぐ? そんなこと出来るわけない」

 

 そんな噂を聞いた誰もが、最初はそう言って笑う。そして実際に、空を飛ぶ彼女達の姿を見た後……やはり、笑う。

 

 リンダとレイラは、ハーピーの双子だった。

 

 だが二人とも、両肩から先にふくよかな翼をもつはずの一般的なハーピーのシルエットからは、大きく乖離している。

 姉のリンダは左肩から先に、一般的な二手二足系と同じく、先端に五本の指の付いた手の平を持つ腕を。右肩から先は、羽毛に覆われている本来の翼種らしい翼をもっている。

 レイラは逆に、右肩から先が二手二足系、左肩先が翼となっている。

 

 身長はぴったり同じ。

 顔も瓜二つ。

 挑発的な大きな瞳がメインウェポン。

 首を傾げる何気ない仕草や、気だるげに足を投げ出す態度など、常に体の一部に生意気な空気を纏わせている。

 思うに、いつ誰にでも突っかかれるよう、彼女たちにとっては身嗜みの一種というやつなのだろう。

 髪型も、二人そろって腰まで届くストレート。

 癖のない髪質だが、それでも、彼女たちの姿を見た誰もが、そこから勤勉さや真面目さを連想することは無い。

 リンダの髪は、彼女が首を振るのに合わせて機嫌のバロメーターになって揺れたし、レイラが何か企みを思いついて立ち止まった際には、決まってその毛先を風が不吉に揺らすのだ。

 二人揃って、ショートパンツ。

 それに腰から腿裏までを覆う飾り布を合わせた、ハーピー女子の王道スタイル。今時の少女らしく、飾り布は玉と羽をあしらった装飾具でアシンメトリーに盛られていた。

 

 二人のファッションは、常に似通っている。

 ジャックが分析するに、それは仲良しだけが原因では無いように思われた。

 リンダとレイラは、外見の内、手を加えられる個所をいじって、姉妹の間に差異を生むことを嫌っているのではないか。ジャックはそう認識している。


 翼が片方しかないハーピーなど、彼女たち以外、今も昔も存在しなかった。

 だからせめて自分達だけは同一であろうと、頑なにあがき続けているように見えたのだった。


 片翼しか持たない彼女らは、手を繋ぎ、二人の翼から力を掛け合わせて放出しなければ、空を飛ぶことができない。


「馬車の中だって手は繋げるだろうに、何が不満なんだろうな」

 

 そう言って、派手にからかわれたことが、一度だけあった。

 ジンハウス姉妹が、朝、離着用グラウンドに降り立った直後だった。


 冷やかした側は、完璧な煽り文句を放ったと思っていたに違いない。

 悪口は、飛び道具だ。

 解釈の仕方が何通りもある言葉を投げつけ、語調に込めた悪意を鍵として無理矢理手渡し、相手自身の手で、中傷として完成させる。

 吹っ掛けた側は、「そんなつもりはなかったんですよ」の盾を、いつでも取り出せるように隠し持っておくのだ。

 何をするにも一緒、服装も一緒のリンダとレイラを、姉妹のレズビアンと揶揄する者まで現れていた時期だった。

 噂の姉妹を一目見ようと、他種族の学生たちも集まっていた。

 

 今にして思えば、リンダもレイラも、その時を待っていたのだと思う。

 二人とも、自分の身体を周囲から「面白い」などと言われっぱなしにしておく気性では無かったのだ。


「羽じゃない方の手、私と繋いでるだけで満足か?」


「奇遇ね姉さん。同じことを考えていたわ」

 

 彼女たちをからかったのは、大角ヘカゲイルだ。

 見かけだけでいうなら、デカいゴブリンである。

 狡猾なゴブリンとは違い、その体躯故か、脳からの指令を指先まで届かせるのが遅そうな顔をしたやつらが多いが、やつらは判断力の代償に、加減の効かない太い筋肉を兼ね備えている。

 姉妹からなら頭突きをした方が、拳よりも早くやつの腹に突き刺さるのではないかというほど、身長に差がある。

 

 だから、大角鬼に近寄りながら交わされた、先程の姉妹の掛け合いが喧嘩の啖呵だと周囲に認知されたのは、全てが終わった後だった。

 

 まず、リンダのボディーブローが大角鬼のどて腹にぶちかまされた。

 そうして下がった顎に、今度はレイラが回し蹴りを叩きこんだ。

 筋肉の壁を矢で打ち抜くような拳と蹴りに、大角鬼が白目をむき、倒れ伏す。

 彼女たちは、空を飛ぶときと同じように、喧嘩の技も二人で一つだった。

 一人の人間が拳と蹴りを、本来の威力を保ったまま同時に放つことはできないが、その日ギャラリーが見たのは、まさにそんな技術だった。

 

 シンプルな力の誇示と、見せしめ。

 ジンハウス姉妹による、ニューアリア街民、生徒への警告。

 

 私らが空から降りてくるときには、傘でもさして引っこんでろ。

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