第四章 片翼のハーピー、リンダとレイラ②

「畜生―! 降りてきやがれ!」

 

 ジャックは、息を飲んだ。

高城たかじょうは、その挑発の返事が、どれほどの速さで帰って来るのか、知らなかったに違いないのだ。

 少なくとも、ジャックが息を整えるくらいの時間は持てるだろうと、思っていたはずだ。

 

 しかしそれは彼女たちが、高城やジャックなどと同じ、二手二足系の種族だったらの話だ。

 

 ジャックには、喧嘩を売る相手の種族を選ぶという発想が、そもそも高城の中には欠如しているように見えた。

 もしかすると、高城のいた世界には二手二足系以外の人種がいなかったのではないかと、ジャックは見当をつけた。

 そんな驚くべき世界があるなどとは、ジャックには想像もできなかったが、だとしたら高城は、前の世界で培ってきた価値観がこの世界では先入観になることを、もっと早くに知っておくべきだった。

 

 もう、逃げられない。

 

 彼女たちが、目を合わせて合図するのが見えた。

 長針の上……ジャックの胴体より細い足場の上に、ふらつくことなく二本の足で立った彼女達が、それぞれ、片足の爪先に、得物……デッキブラシのヘッドを乗せ、大きく蹴り上げた。

 そして、


「ま、待て、お前らやめ、あ、あ、あああああああああっ!」

 

 高城の絶叫が響き渡る。

 

 蹴りあげられたデッキブラシが、彼女たちの頭の上で、重力により運動を止めた瞬間、彼女らが中空に身を投げ出したのだ。


 針の上から、ジャックたちの立つ地面めがけて。頭から急降下してくる。

 高城の膝が崩れる。

 高城が腰を地面に打ち付けたのと同時に、彼女たちの身体が、ジャックたちの目線と同じ高さまで落ちてきた。

 地面すれすれだ。

 

 二人の少女は、その長い髪の先が石畳に着いた刹那、手をつないだ。

 自由落下の最中に、ノールックでお互いの五本の指をからませるのがどれほどの芸当なのか。

 オークのジャックには厳密に計りかねるが、まさに絶技あることだけは疑いようがない。

 

 二人の、繋がれていない方の腕が、同じ脳から命令を下されているかのように正確に息を合わせ、それぞれ左右に突き出される。

 

 純白が、爆発する。

 突き出されたそれぞれの片腕は、二人の間で繋がれた物―――ひいては、高城やジャックの両腕のような、先端に五本の指を持つ物とは、全く異なっていた。

 

 翼、だった。

 

 二人の少女は、ともに、片方の肩から先が、羽毛に覆われていたのだった。

 姉の持つ右翼が、妹の持つ左翼が、目一杯の膨張を見せ、同じタイミングで、羽ばたく。

 

 さながら、二人で一羽の鳥であるかのような動き。

 翼とは逆側の手をつないだまま、揃った宙返りで体勢を立て直し、呆気にとられる高城を尻目に、難なく着地。


 指が解かれ、自由になった姉の左手、妹の右手の中へ、入れ替わるようにデッキブラシが落ちてくる。

 五本の指が、掴み取った。

 

 片腕は、羽に覆われた鳥の翼。

 片腕は、柔らかな肌と細い五本の指。

 二人でなければ、飛ぶこともかなわず。

 

 ジンハウス姉妹は、ハーピーの異端であった。

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