第一章 召喚(オーディション)③
「でもドラムが出来るっていうのは気に入った。ようやく、太鼓持ちに役立つ履歴のやつが来たな」
その場にいる全員が笑った。
これまでの生活を馬鹿にされているようで、当然気分は悪かったが、新しい自分になるために必要な痛みだと考え、不満を紛らわす。
初めから分かっていたことだった。
期待に胸を膨らませている振りをしている他の参加者達も、心の底では理解していないはずがないと思う。
ユニットなどと謡ったところで、当然そこに、高木との対等な関係など、生まれようはない。
なぜなら、この企画は、高木騎士の話題作りのためだけに存在しているから。
オーディション参加者の未来のことなど、何一つ考えられてはいない。
あの高木騎士が、全く無名の、いわば『一般の方』とユニットを組む。
懐の深さや、開かれたイメージ、未だかつてない試みに挑戦する高木に対する畏敬が、ファンの間で生まれる。
それらすべてが、高木がこれから十年後もアイドルを続けるための助けになる。
ユニット相手は、高木騎士という、アイドル像を鍛えるためのプロテインにすぎない。
運よくユニットを組めたとして、その人物に与えられる権利は、束の間の名声の中で、じたばた足掻くことだけだ。
もともと、使い捨てというコンセプトで拾われた人間が、利用価値を証明し続けるのは、極めて困難である。
高城は自分の才能を信じていた。
あの三人も、高城であれば、成功するかもしれない、などと言っていたが、実は、このオーディションは、その才能そのものが殆ど求められない場なのである。
ならなぜ、自分はこのオーディションを受けようと思ったのだろう。
ともすれば高城は、困難という堅い壁に、才能を叩きつけて、粉々に砕いてしまいたかっただけなのかもしれない。跡形もなく。
言うなれば、一種の自殺とも言えた。
プロデューサーが、質問を続ける。
「君が、音楽をやる理由は?」
それもまた、一次審査で聞かれたことだった。
「それは……」
答え方は心得ていた。
金と名声の為。特権階級にありつきたいから。
そういった本音を隠し、『みんなに夢を与えたい』と言った趣旨のことを、カルピスを薄めるみたいに引き伸ばし、語ってやればいいのだ。
「それは……」
廊下に残してきた三人の顔が脳裏を過り、高城に言葉を詰まらせた。
目の奥に熱いものを感じて、慌てて目を閉じる。
「どうしました?」
「いえ……大丈夫です」
答えた直後のことだった。
高城を、強い眩暈が襲った。
何かがおかしかった。
しっかり椅子に座り、床に足をつけているにも関わらず、浮遊感と、まるで波に揺られてどこかに流されて行っているかのような心許なさが襲ってきた。
「それでは、合格としましょう」
その言葉だけが、はっきりと聞こえて来た。
高城は、何とか目を開けようとしたが、まるでそこに強い光があるのを体が知っているかの如く不可能だった。
しかしそれでも、合格の二文字だけには、何としても食いつかねばならなかった。
「ほ、本当に? こんなんでいいのか?」
これまでも高城は、何度かレコード会社などのオーディションも受けたことがあり、どれも落ちたにせよ、それでも面接は、もう少し長いものだった。
アイドルのオーディションだからか、それとも受かるときと言うのは、案外こんなものなのかと高城が測りかねていると、
「言葉が雑音に聞こえるようなことはないようですね。空気を塩辛く感じはしませんか? この場の人間達に、食欲を抱いてなどはおりませんね。その他、身体に不調は?」
「……なんだって?」
質問の意図が、どれもこれも全く分からなかった。
高城が健康体なのは、書類の真っ白な病歴欄から一目瞭然だろうが、どうにもそういう問題でもなさそうだった。
「エルヴェリン・ランド国王が私に与えた権限により、あなたを、記念すべきカテゴリ106番種族として認定いたします。異界生まれ保護プログラムは本日からの適用です。健全かつ健康的な種の発展を、心よりお祈りしております」
「……あ?」
高城は、固く閉じていた目を何とか開いた。開いた次に、今度は見開くことになった。
そこは、ついさっきまでオーディションを受けていた会議室ではなかった。
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