第一章 召喚(オーディション)②

「君はどうやら、オーディションに落ちたいそうだね。おめでとう」


 面接の順番を迎えた黒コートは、面接室に入るや否や、そんな言葉を投げかけられた。

 部屋の奥、長机に、高そうなスーツを着た『業界のお偉いさん』達が揃っていた。

 全員、判で押されたような品定め顔だ。

 黒コートは床にギターケースを置くと、用意された椅子に腰かけた。


「他の面接者たちの何人かが、口をそろえて言っていたよ。君だけは落とした方がいいとね。あれはライバルを蹴落とす眼じゃなかった。完全な善意というものを、この業界にいて久々に味わったよ」

 

 廊下での騒ぎを、面接の間に報告してくれやがった参加者がいたらしい。黒コートは、心の中で舌打ちして、言った。


「……バカな振りしてキャラを売るタレントがいるでしょう。俺は誰よりも常識人だから、逆にあんな真似が出来る。少なくとも……さっき部屋から出て行った、俺の、順番一個前の男よりはマシでしょう。あの穴の開きまくったジーンズ見ました? 座った拍子によからぬものでも」

 

 黒コートの言葉は、ドアを開ける音に遮られた。

 

 噂をすればなんとやら。

 そこにいたのは、腿から下が脂網さながら、ぼろぼろのダメージジーンズを履いた男だった。

 忘れ物でも取りに来たのかと声を掛ける前に、黒コートは、入ってきた男が、数個のコーヒーカップの乗ったトレイを持っていることに目を奪われた。


「やあ、みんな、コーヒー入ったよ! あと半分だ、ささ、カフェイン入れていこう!」

 

 男はそのまま気安い様子で、長机に座る面々の前に、カップを並べていく。


「ありがとうございます…………プロデューサー」

 

 カップを手に取った一人が、言った。

 黒コートは、視線を下に向けて何とか耐えた。

 コーヒーの香りに感じ入っている振りをしつつ、呟く。


「……いい豆だ」

 

 プロデューサーが笑顔を返してくれたことだけが救いだった。

 プロデューサーは、カップを持っていない方の手で机の上の書類を取ると、黒コートと目を合わせる。


高城たかじょう寧太ねいた、年齢は23歳、と」

 

 名前を呼ばれた黒コート……高城は、思わず姿勢を正した。


「志望動機は?」

 

 高城は、一次審査で答えたのと、同じ内容を復唱した。


「ずっと昔から、高木たかぎ騎士ナイトさんのファンだからです。素敵な芸名だと思います」

 

 ずっと昔から。

 つまるところ、それは二か月前からということである。

『トップ・アイドルとユニット・デビュー』の『トップ・アイドル』こと、国民的男性アイドル、高木騎士。

 高城は、おいしいオーディションの話に食いついた後から、テレビを購入し、高木騎士について勉強を始めたのだった。

 それまでは、有名人だろうがなんだろうが、全く高城の知るところでは無かったのである。


「このユニットは宿命ですよ。少し名前が似ていて紛らわしくなるけど―――」

 

 高城寧太と高木騎士。ネイタとナイト。高城だって、たかぎとも読めるけれど。


「―――問題ないでしょう。俺は気にしませんから」


「君は、何が出来るの?」


「……一通りは。バンドは中学中退した時からずっとやってて、ベースもドラムも、そこそこいけるけど、一番得意なのは、やっぱ、ギターです。ダンスも出来ますよ。ボーカルだけ任された時なんかは、絶対挟んでます」


「器用貧乏は、俺、信用できないなぁ」

 

 そう言ったのは、長机の一番端に座る男だった。

 誰有ろう、高木騎士その人である。

 

 彼は鷹揚に言い放つと、ゆっくりとした動作で、机の上に足を投げ出して見せた。

 反感を覚える前に、もしかして参加者全員に、このパフォーマンスは行われているのかもしれないと、高城は勘付いた。

 長机の、高木の手前の部分だけ、最初から何も置かれておらず、しかも注意すれば、何度も靴のかかとでひっかいたような跡が見て取れたからだった。

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