ペタペタ

分身

第1話

 雨が降る夜。ペタペタ。神経が尖る。百合の花。花瓶に無造作に突っ込んである。歩きながらの飲酒。片手に缶ビール、片手に煙草。ゆっくり、ゆっくりと煙を吐く。歩を緩め想を練る。缶ビール空になる。窓の外は薄暗い。雨音だけが静かに響く。ペタペタ。やるせない気持ち。ソファーに戻り読みかけた本を手に取る。ヘミングウェイの文体は簡潔で美しい。室内にある家具から微かにニスの匂いがする。蛍光灯がジーンと鳴っている。光がちらつく。その下にドナルドダックの絵柄の目覚まし時計。大きな枕。タオル地のブランケット。遠くで車の音がする。ヘッドライトの灯りが鈍く通り過ぎる。静まり返る。ペタペタ。雨が窓を打つ。窓ガラスが曇り水滴が流れる。カーテンは淡い緑色。


 語り出してしまうその前に留まりたいという念が強い。感情が移入するその一歩手前。それに安易に言葉にして感情を託してしまうことで殺してしまうことが多すぎるような気がする。それは小説家にとって思想と緊張感の欠如とも言える。無神経でもある。だが根本的には経済観念の欠如である。梨の皮を剥くのに鉈を使う愚である。言語は物質であれ。ソリッドたれ。硬質な言葉を私は宝石のように散りばめたい。


 ペタペタ。夜は更ける。ペタペタ。

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ペタペタ 分身 @kazumasa7140

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