第10話 奮戦
★ ティア目線
「姫様、人前であんな真似をしてはいけません、ここは戦場です。男共は飢えているのですから、いくら姫様でも危のおございます」
副官のフェイからの視線が厳しい。
「すまんな、あれは子供の時からの付き合いだ、何度も命を預けてる。つい甘えてしまう」
左手の火傷の跡を見る……子供の頃、化学実験に失敗した時の傷だ。
「ふん、忘れろ、私も忘れる」
そろそろ中央付近の隊列が崩壊しそうだ、最悪の場合は後ろの女達をさっさと川に流して、戦さ場を二つに割って小さくして凌ぐしかないな。
フェイは……右だ、左翼側はかなり厳しい、私が行こう。
それにしても中央の奴ら粘ってるな。
★陣地中央付近 暁の咆哮団団長グスタフ目線
中央の右寄りの位置では、暁の咆哮団が奮戦していた。
彼らが辛うじて戦線を維持できているのは、目の前の馬防作を少しばかり頑丈に作っていたからだ。
暁の咆哮団団長グスタフは、ご自慢の赤羽の飾りがついた兜を被り、軍団を指揮している。
彼が、昨日の陣地構築の時、第一陣より第二陣が本番だと読んで、与えられていた材料と、構築時間を第二陣に集中して当ていた成果が出ていた。
馬防作を自分達の隊の前に据えて、長物武器で騎士に嫌がらせをしている。
長年の傭兵暮らしの知恵が詰まった陣構えだ、簡単には抜かせない。
最初のうちはそれで良かったが隣の隊が崩れてからは、こっちもジリ貧になっている。
「親分、もうダメだ、ターボスとガイの奴がやられた、抑えが効かねえ」
「うるせえ、泣き言いってるんじゃねえぞ。絶対にダメだ、絶対にここは通さねえ。姫様の前までは行かせんじゃねえ」
叫んでみたものの、戦況は芳しくない。
左隣の隊が粉砕されて、こっちもヤバい。騎士の一人に厄介なのがいるせいだ。
「俺が前に出るから、お前らその長もののフックであの騎士の足を取れ、チャンスは一回しかないぞ」
俺はそこに転がっていた剣を拾って、暴れまわっている騎士に投げつける。
ただの嫌がらせと意識をこっちに向けさせるための陽動だ。
いつものやりかたなら、俺が槍を構えたときに他の奴が相手の足を取るコンビネーションで、騎士相手でも戦える。
「こっちだ、うすのろ、どっちを見ている」
騎士は、無言で剣を振るって来た。
ちっ、普通の攻撃じゃねえ、魔法攻撃を武器に乗せてきてやがる。冒険者ギルドでもなかなかお目にかかれない使い手だ。
俺は、風魔法を乗せた剣撃に飛ばされそうになる。
だが俺にも風の精霊の加護があり攻撃を散らせた、まだ運が残っていたようだ。
その間に仲間が騎士の足を取ってバランスを崩した。
チャンス、一気に飛び込んで首筋に槍を突き込んだ、目の前の騎士のプラーナ防御壁も限界に近かったのだろう、深く突き刺さって倒れた。
この時俺は、柄にもなく油断してしまった。
バスッン……後ろにいた別の騎士に吹き飛ばされる。
冗談じゃねえ、こんな所で死ねるか、まだだ、ポーションをポシェットからとりだして飲む間に、俺を庇おうと飛び出したダーホフとカミンが頭を吹き飛ばされていた。
畜生、まだだ、まだ俺はやれる、隊の奴らもまだいる、ここは通さねえ。
グスタフは、立ち上がって騎士の行く手を遮った。
金だけの関係じゃない、姫様の持つモノの何かへ賭けているからこそここに残った奴らは粘り続けている。
★ティア目線
ヒューパ軍の陣地はもう限界に達していて、いつ崩壊してもおかしくなくなっていた。
その時ようやく、待ち望んでいた物が丘の上に見える。
煙が上がった。
「やった、よしベックの奴らを発進させろ、敵に自分達が負けた事を知らせるのだ」
伝令が走る。
「圧力の弱い所にいるやつ全員に指示、鬨(とき)の声をあげさせよ、我々も声を出して敵の本陣が落ちた事を知らせるのだ」
「うおおおおおお、勝ったぞー」
「やったー、敵の本陣が落ちたー火がついてる」
大勢の声が繋がり、周りに伝播していく。
さっきまでもう少しでヒューパ軍の本陣を落とす寸前だった、セト教国連合軍の騎士達に動揺が広がっていく。
今まで粘り続けた意味がようやく実を結ぶ。
敵の傭兵達が後ろに向かって走り出した。
これに合わせるように騎士の大多数が後ろに下がろうとする。
ところが、まだこっちに攻撃を続けようとする騎士がいた。こいつらはしょうがない、この調子なら相手が崩れてしまって、少ない騎士が相手なら時間さえかければ殲滅できる。
敵の騎士が目の前にやってきたころ、上からの援軍の鉄騎兵達もやってきて、騎士の後ろから襲いかかる。
「タリホー、愛する姫様の強い味方、ライムントがやってまいりましたぞ」
「うるさい、さっさとこいつらを始末しろ」
「ちぇっ、野郎ども姫様はご機嫌斜めだ、さっさと仕事をすませるぞ。相手は騎士だ食いごたえがあるな、やれ」
目の前の騎士たちがみるみる倒れていく。
我々は、やっと一息つけそうだ。
騎士達を駆逐した後、上の丘を目指す。
ほぼ動けなくなっている奴が大半の中、ちょっとでも動ける奴もケツを叩いて丘の上まで急がせた。
途中、中央付近に倒れた男の顔に覚えがあった。
その男の兜には、赤い羽飾りが付いている。昔私が何かの報奨で与えた物だ。
こいつ、何かと傭兵団の中で自慢していたな。
私は、頭を振って今やるべきことに意識を持っていく。戦場で過去の感傷に浸るのは危険だ。
私は、関わる色んな人々の夢や怨念を一手に引き受けるのが仕事だ。
敵を山盛りに殺すことには、無理やり狂う事でできるようになったが、未だにこの光景には慣れる事ができない。
他人の怨念など無視すればいい、だが私は、倒れていった彼らの夢に見合うだけの仕事を、やってのけられるのだろうか……
私の半分の記憶は日本人なのだ、だがもう半分が先に進めと言う。
丘の上に有る勝利をもぎ取りに行こう。
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