第5話 獲物

★決戦当日 早朝 ヒューパ決戦陣地



 拝啓、故郷のジョフ親方様、わたくしベックはお陰様をもちまして、ヒューパの国で大出世をいたしました。

 ありがたい事に、技官の長官という地位を頂きまして、だだ今、我が国の女王、ティア様のお馬の後ろを随伴する栄誉を賜っているところであります。

 ヒュンッ!

 あ、また真横に矢が降ってまいりました。

 どうやら後ろから追いかけてくるセト教国連合軍の中に、風魔法を使って遠くまで矢を飛ばす使い手がいるようですね。

 僕の目と、パンツの中から汁が止まりません。


 僕もある意味姫様の盾役ですが、前を行く姫様を守る親衛隊の皆さんが、盾を構えて姫様を守りながら馬を全力疾走させています。

 皆さん化け物ですよね。


 姫様と言えば、滅茶苦茶に嬉しそうに笑っていますが、僕たち死にそうなんですよ、この方の神経はいったいどうなっているのでしょうか?


 あ、うちのミニ要塞の馬出しに付けた簡易扉の丸太がどかされています。僕達を中に入れてくれるよう頑張っていますね。

 わーい。


 馬術が上手な姫様達が中にはいっていきました、僕は、少々馬術が苦手なので遅れましたが、もう少しなので頑張ります。

 っと、あ、ちょとちょっと、僕まだなのに、丸太を締めちゃダメ。

「ダメー」


 ギリギリで中に入れました。

 後ろでは、丸太にぶつかった騎士が吹っ飛んでいます。

 騎士はプレートアーマをつけていなかったので、プラーナ防御魔力だけが彼の防具でした。立ち上がる暇も与えられず、うちの傭兵団にフルボッコにされてしまいました。

 もっと後ろを見ると、敵の兵隊さんの津波が押し寄せています。

 ワーワー言いながら、バラバラに走ってきてますね。


 この戦争が終わったら長官の職を辞退して、親方の元でまた鍛冶屋をやりたいと思っています。

 ところで僕は、親方の元に帰れるんでしょうか?



★決戦当日 早朝 ヒューパ司令壕


 周りよりも1m程高く造成した土台に、土嚢を積んで銃眼だけを開けたかんたんな壕が、ヒューパ軍作戦司令部です。

 中には四人程が地図を見ながら作戦を練っていました。

 ティア様が壕の中に入っていくので、僕も一緒にくっついてきました。

 安全な場所確保です。


 ティア姫様は、馬から降りると中にいる副官のフェイを呼びます。


「フェイいるか? 」


「はい、ここに」


「傭兵団共の女達はどうした」


「はい、従軍娼婦達は、この壕の後ろに待機させています。いざとなったら馬車にウキを付けているので、川に流せば脱出できるでしょう」


「うん、良くやった、それと大砲の準備はできているか? 」


「はい、大体の狙いはつけております」


「なら今見えてる半分、そうだな5千が通ったらブチ込め」


「了解」


 敵が降りてくる丘を見ると、地形の関係から一箇所に人が集まって渋滞している場所あります。

 丘の地形の関係で、水が流れるのと同じように、歩きやすい場所に自然と人の群れが集まっているようです。

 そこに我が国自慢の大砲をブチ込むわけです。僕たち技術部の誉れです。

 僕がニコニコしていると、姫様がまた何か暴走気味の事を言い出しました。


「フェイ、ちょと椅子を貸せ」


「え? ティア様ナニをなさるのですか?」


「この屋根の上が見晴らし良さそうだったから、そっちに行く。敵が木っ端微塵になるのを見物する」


「えーーー、誰か姫様を止めて、何のためにこんな壕を作ったと思ってるんですか、辞めて下さい」


「うるさいっ」


 姫様は、司令部の椅子を強引に奪って屋根の上に行きました。

 僕は、こっそり司令部の隅っこで小さくなっていましたが、後ろから姫様にヒゲを掴まれて引きずって連れていかれました。

 許してください、危ないです、勘弁してください。


「おい、髭モジャ、私の後ろに立って旗持ってろ」

「はい……」

 ……もう名前ですら呼んでくれません。


 姫様に渡された旗は、よく分からないのですが、召喚されてきた勇者様の文字が書かれているそうです。


 風林火山

 七生報国

 愛羅武勇


「何て読むのだろう……」

 思わず口に出してしまった。


「ふっ、戦の天才、武田信玄と楠木正成よ」


 益々訳がわからないのですが、姫様の描く文字は力強いです。

 多分凄くかっこいい将軍様なんだろう。僕の予想では、かっこいい将軍様なので髭モジャだ(惜しい、それはどちらかと言えば足利尊氏だ)


 最前列の堀まで、敵の第一陣が到着する頃、うちの大砲が火を噴きました。

 物凄い轟音と共に、正面の斜面で渋滞していた敵兵の頭の上に砲弾が炸裂すると、人間が木っ端微塵に吹き飛ばされています。

 何発かは外れましたが、やはり大砲の威力は絶大で、後方から襲いかかろうとしてた敵が、あっという間にワラワラと逃げ出しました。

 これで、敵の後続は途切れました。

 最前線では、敵騎士の猪武者がその勢いを止めてます。

 後続が切れたのと、大砲の轟音で馬が暴れたので、勢いが見事に止まってうちの鉄砲の餌食になっており、これはイケる、僕も生きて帰れると喜んでいました。


 僕の前に座っている姫様の横顔をみると、スカーフの上からも分かるぐらいとても嬉しそうに笑っています。


 1時間も経たない内に、こちらへ突っ込んできた敵軍で立っている人は居なくなりました。

 最初の攻撃で、5千人近い敵を倒したと思われます。一方うちは無傷で1人もゲガすらしていません。これは大勝利です。

 敵軍2万3千の内の5千人、敵は大損害ですね。

 僕ならもうお家帰って、ご飯食べて、お風呂つかってから寝ます……神様お願いです、そうしてください。


 僕が必死で神様にお願いをしているのに、姫様ときたら何か一人でブツブツと自分の失敗を責めている様子です。


「しまったな、ちょっとやり過ぎたか、1年もかけて奴らを引っ張り出して準備してきたのに、最後のツメで逃げられちまったら何もかもパーだ」


 最近僕の事を大事にしてくれない姫様が、何かで悩んでいるのが嬉しくて、つい『プッ』て吹いたら裏拳で殴られました。

 姫様ひどい。


 僕の気持ちはどうやら届かなかったようで、一度引いた敵軍は再編成をしていたらしく、お昼前ぐらいに再度、丘を下ってくるように動き出しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る