第3話 決戦前の夜 暁の咆哮団団長グスタフ目線

★決戦前日 夜 ドルダ川 ヒューパ決戦陣地外 暁の咆哮団団長グスタフ


 普段のヒューパ軍ティア女王直轄軍団の定数は、3千。姫様子飼いの精鋭が半分の約1500、残りは金で雇われた傭兵達。

 今までに多くの傭兵達が逃げ去り、残った総兵数は、約2千。

 傭兵達で残ったのは、筋金入りのティア女王の信奉者だったが、流石に今の状況は絶望的と、暁の咆哮団団長グスタフの目に映っていた。


 ティア女王が、陣地を敷いたのは、ドルダ川と支流が交わった河原。

 ここに布陣したけど、後ろ二面が川で逃げ道がない。

 確かに城を築くのには、防衛上向いた土地かもしれない。

 でも今からやるのは野戦だ。しかも相手は10倍以上の全セト教国連合軍2万3千。

 とても正気じゃないと、軍営内で囁かれている。

 自分で逃げ道塞ぐその行為は、歴戦の傭兵達には、全滅覚悟の自殺願望としかその道のプロの目に映らなかった。



 暁の咆哮団団長のグスタフは、陣地から少し外れた暗闇の中に立っていた。

 彼の前には、ついさっきまで部下だった男達四人と従軍娼婦の三人がいる。


 長く続いた戦乱や凶作で村を追われた男達は、生きるために野盗か傭兵になる。冒険者も同じ類だ。

 力のない女は、襲撃者に捕まって奴隷に売られるか、自分から娼婦になって拾われるぐらいしか生き残れる道はない。

 ここにいる彼女達も、規模の大きいうちの傭兵団専属娼婦として付いて来ていた。

 他所の隊の事情も色々知ってるが、暁の咆哮団うちの娼婦隊の扱いは、教皇庁からの異端狩りや、獣人狩りに遭って普通の村から追われた男達が多いせいか、マシな方なんだろう。

 一夜の使い捨てにしていた女相手でも、長く同じ隊に付き合えば、荒くれ者でも情は移る。

 情が移れば、自分専用の女を作る男も出てくる。

 自然と女達の扱いも良くなり、彼女達の乗る馬車や着る物にも金をかけようになる。

 生きる理由が生きる為だった男達の中にも、別の理由で生きようとする者も現れる。


……


「そうかい、行くのか。そう言やお前ら結婚する女がいるって言ってたな。そうなのか」


「……すまない団長、昨日まで背中を任せていた仲間達を裏切るのは心苦しいが、俺は、前の村に残して来たアイツの為に死ぬわけにはいけねえ。こいつらも含めて行かせて欲しい」


 脱走しようとしてる内の一人は、暁の咆哮団設立時からの団員だ。

 ほとんど山賊同然の身分から冒険者チームとして始めた俺たちは、仲間が入れ替わりながら、それなりに実力を着けて百人を超えた大所帯になり、冒険者としても傭兵としても稼げる所帯になっていた。


「止めないよ、これは、最初のあの日から一緒に生き残った俺とお前との約束だ」

「すまん……死ぬなよ」

「ああ、お前もな、これが落ち着いたらまた会おう」

「またな……」


 グスタフ団長は、去っていく男達を振り返りもせず、陣地へと歩き出す。

 行ってしまう男達の事より、明日どうやって生きるかの方が大事だ。


「グスタフ、あんたは行かなくても良いのかい」

 !

 陣地の入り口まで帰ってきた時、突然呼び止められて驚く。

 この声は姫様だ。全部見られてたのか。


「へ、へい」

「ふふん、物好きだね、今回は死ぬかもしれないんだよ」


 死ぬかもしれない……

 そうだ、姫様の軍は他と全く違うのが、とにかく損出を嫌って、やばいと思ったらビックリするぐらい早く引く。その癖ここだと思ったら恐ろしい程の勢いで敵に襲いかかる。

 余所の兵団に比べて、極端に死人が出ないのが特徴だ。

 その姫様が、死ぬかもしれないって言ってるからには、相当ヤバいんだろう。

 女達を逃してやっとけば良かったがもう遅いな。


「良いんですよ、おいらは、情を移したく無いんで自分専用の女は作らない主義なんです。 それにね……姫様の言った夢とやらに一口賭けたいんでさ」

「夢? そんな事言ったっけ」

「ええ、以前『あんたらがよく知らない見た事もない神様に縛り付けられて、理由もなく殺される糞ったれな世界なら、私がキレイにぶっ潰して真っ平らな夢のような世界にしてやる』って言ってましたよ」

「ふんっ」


 いつも強気の姫様が、そっぽを向いて鼻息を吐いてるが、心なしか照れているように見えた。


あっしゃね、幼い頃住んでいた村をセト教教皇派の異端狩りにあいましてね、両親が井戸の中に隠してくれたお陰で助かったんでさ。まあ、なんていうか、その真っ平らな世界とやらが見てみたいんですよ。変ですかね」

「そう言うのは、生き残ってから言うもんだ。明日は早い、さっさと寝ろ」

「へい」


 グスタフは、自分の担当区画へと歩きだした。

 だが、足を止めて振り返る。

 後ろには、陣地の丸太の上に片足を置いて、妙に様になるポーズをした姫様がいる。

 姫様は、黄金の瞳を真っ直ぐ、敵陣の方へと据えて夜風に緋色のスカーフをたなびかせていた。


 明日をこの方に賭けよう。ゴロンとした塊のような決意と一緒に、今度こそグスタフは、自分の担当区画へ戻り、明日に備えて眠りについた。




 ティア女王は、暗闇の中をみて・・いる。

 自陣を敷く洲の周りを囲むように、今日の昼過ぎから集まりだした敵陣が広がり、魔力の光がいくつも瞬く。

 中には異様な物も混ざっていて、かなりの使い手が彼方あちらさんにいるのがわかって、ティアの口元がニッと嬉しそうに吊り上がる。


 耳を澄ますとうちの大砲の射程から、旨くギリギリに離れた丘の上に布陣した貴族どもの馬鹿騒ぎが、風に乗って聞こえてくる。


「もう勝ったつもりでいるね、跳ねっ返りが抜け駆けをして夜襲してくるかと思ってたんだが……所詮はプライドの騎士様や貴族様か」


 独り言が漏れる。

 丘の上の喧騒から自陣を振り返る。

 うちはと言うと、思っていたより傭兵達の脱走も少なく、士気を維持できてて悪くない。


 さて、夜露で湿って来た、陣幕に帰ろうか。

 ふふん、明日が楽しみだ。

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