西暦2100年
タルト生地
第1話
突如世界は怪しげな黒い雲に覆われた。
遥か昔封印されし魔王ドバーゴが復活を遂げたのだ。
地の底から、遥か空から、魔物達が呼び寄せられこの世は混乱に陥った。
植物達は弱り、枯れ、人間達は恐れ、惑った。
絶望的な状況の中、1人の少年が立ち上がる。
少年は勇者となり、仲間と共に魔王の軍勢を倒していく。
愛、勇気、絆。これらが勇者の力になる。
戦え、少年よ。この世に光を取り戻すために……
ブゥン……
スクリーンの映像が消える。
「と、いうのが今回の新作ゲームのコンセプトとストーリーなのですが……」
ここは西暦2100年の日本。とあるゲーム会社の会議室だ。
現在は新作ゲームの会議中。1人の社員が代表してプレゼンをしている。
「うーん。いいね。いいんだけど…ちょっといいかな?」
彼はこの会社の社長。
最初に家庭用のゲームを企画し、これが大ヒット。
それからも次々に良作、名作と言われるゲームを作り上げ、一代で事業をかなり大きなものにした。業界の中でも一目置かれる存在である。
そんな彼の意見は厳しくもより良いものを作ろうと情熱に溢れている。
「まず、ゲーム自体はとても面白そうだね! ゲームの原点っていうか……いい意味でオーソドックス。目標もわかりやすくてスッキリしてる。とても良いよ。」
「ありがとうございます!」
関係した人々はひとまず息をつく。
「でもね、うーんちょっと刺激的すぎるかなぁ。」
「と、言いますと?」
「これ、ターゲットは小学生から中学生だよね?」
「はい、そのためストーリーは悪と正義をわかりやすくしました。」
「そうだね。そこは良いと思うんだ。でも僕が気になってるのは【黒い雲】ってところなんだよね。」
「黒い雲……ですか。」
「そう、黒い雲。雨の降る前とかは実際に黒い雲が出るわけじゃない? それを見た子供達が『魔王が復活したかもしれない!』って怯えちゃうと良くないと思うんだよね。」
「なるほど確かに……」
「実際何年か前に【海からサメが襲いかかって来た!】みたいな描写で子供が海を怖がってしまって、訴訟になったことがあったじゃない?」
「ああ、そういえば……! 気づきませんでした。ありがとうございます。」
「とりあえずそこが1つ。それから海で思い出したんだけどさ、その事で法改正があって海からの攻撃的な描写は禁止されたんだよね。」
「そうですね。今回、海からの敵などの描写は入っておりませんが…」
「でも地底と空はあるんだよね? これはどうかなー……」
「法令には違反していませんが……」
「っていうのもね、今の時代地下居住区に住んでる人もいらっしゃるわけじゃん。その人達への差別的表現にも取れると思ってね。」
「なるほど! 確かにそれを考えると変えた方がいいかもしれませんね……」
「この件はとりあえず後に回しておこうか。もういくつかいいかな?」
「はい! よろしくお願いします!」
「ここは特にどうにかしてほしいんだけど、主人公のことなんだよねー。」
「男性が女性より優れている印象を与えますかね……? 引いては男尊女卑的な思想を植え付けるきっかけという風に……」
「いやまぁそれは女性主人公版も作ればいいんだけどね。それよりその……最後は誰かと結ばれるんじゃない? その感じだと。」
「はい。国のお姫様や仲間の女性キャラと結ばれるストーリーになっております。また、一夫多妻制にも配慮して数名選ぶことも可能です。」
「うん。それはとても良いね。でもね、もう一歩踏み込んだ配慮が欲しいな。」
「もう一歩、というのは?」
「具体的には男性キャラと結ばれるストーリーも作った方がいいと思うんだよね。男性が好きな男性もいるわけだし。」
「確かに!そこの配慮は足りていませんでした……」
「あと男女の件でいうとちょっと女性キャラの露出が多すぎかな。」
「肌の露出は法令順守の5%までの面積にしていますが……」
「うーん。もう少し隠した方が好印象だと思うんだよね。その方が親御さんも安心して遊ばせられるはずだしね。」
「わかりました、デザインを見直しておきます。」
「あとは魔王の名前だね。ドバーゴという名前はどうしてもトリニダード・トバゴを連想してしまう。いじめのきっかけになりかねないから変えておこう。」
「それは盲点でした!」
「楽しいはずのもので悲しい思いをする子供が増えてはいけないからね。じゃあそんな感じでもっと詰めていこう。次回の日程は…」
突如世界は怪しげなショッキングピンクの雲に覆われた。
遥か昔封印されし魔王ヌゥペンゴが復活を遂げたのだ。
あっちから、そっちから、魔物達が呼び寄せられこの世は混乱に陥った。
いろんな生き物達は弱り、枯れ、その中でも人間達に目を向けると恐れ、惑っていた。
絶望的な状況の中、1人の子供が立候補する。
この子供は勇者となり、仲間と共に魔王の軍勢を命は奪わずに倒していく。
愛、勇気、絆。これらが勇者の力になる。
戦え、勇者よ。この世に光を取り戻し、魔王と和解するために……
こうしてまた1つ、大ヒットゲームを世に送り出した男は数名の仲間と社長室で談話していた。
「上々の売れ行きですね、社長。」
「女性主人公版もなんとか同時発売できましたし、出荷数も好調です。」
「うん。でも君達社員がいなかったら僕は何もできない。今回も一緒にやれてよかったよ。ありがとう。」
「ありがとうございます。今のところ入っているクレームは『名前の入力が200文字までというのはどういうことか。』ですとか『爆弾のようなものを使う敵は100年ほど前アメリカでのテロ事件の遺族への配慮が足りないのではないか。』などです。」
「なるほど、確かに配慮が欠けていたかもしれないな。資料を作ってくれ。次の会議で題材にする。」
「「「はい!」」」
部下達は慌ただしく、しかし充実した表情で仕事に戻っていく。
男も頭を仕事に切り替えるために、残ったコーヒーを飲み干す。
「ああ、好きなことが自由にできるってなんて幸せなんだろう。」
つぶやき、次の会議に向け準備を始める。
仕事を楽しみ、自分で何かを創り上げる。そんなデキる男の姿がそこにあった。
西暦2100年 タルト生地 @wwdxrainmaker
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