第9話 友達になろうよ

「さて、まずはその首輪を外すところからか。カギとか渡されなかったけど、コレどうやって外すんだ?」


 首輪を外そうと調べてみるが取り外し方がわからない。そもそも鍵穴や留め金といった固定するものが見つからず、1度つければ基本的に外れない仕組みのようだ。


「これは魔法によって直接生成されたみたいなのです。でも、ちょちょいのちょいでとれちゃうのですよ!『巨大化ビム・フィジャー!』」


 エリナが杖をシャルロットの首輪に向けて魔法を唱えると、首輪が見る見る大きくなってフラフープくらいになり、地面へドスンと鈍い音を立ててすり落ちた。


「よーしよしナイスだエリナちゃん。後ついでに、シャルロットちゃんへ危害を加えようとしたやつを追い払う便利な魔法とかないんすかね?」


「バカにしないでほしいのです! わたしは大司教エリナなのですよ! それくらいお安い御用なのです。『精霊の加護スピリット・プロテクション!』」 


 再びエリナが魔法を唱えるとシャルロットの体が黄色い光をまとい、それは膨張してふたまわりほど大きくなると。一気に収縮して体の中へと吸い込まれるように消え去った。


「これでシャルロットちゃんへ危害を加える者には天罰が下るのです!」


「本当に大丈夫なのか?」


 最初に光を放ったこと事以外、シャルロットの外見は何も変わっていない。


「嘘だと思うのなら、痛い思いをするのを覚悟で触ってみるといいのです」


「なにいってんだよ! 俺がエリナちゃんを疑うわけないだろ? 一応ゴブリンには手を出すなって言っておいたし、これで問題ないと信じたいな。後はどうやってアレックスさんのところへ連れて帰るか」


「……な……よ」


「カイさん、フォレルもお金もないのにどうするつもりなのです?」


「そこなんだよ。たしか依頼で人を連れて行く場合は、臨時のフォレル発行できたよな?」


「……ちな……いよ」


「そうなのです。でも行くなら依頼を受けた本人じゃないとダメなのです」


「じゃあちょっと行ってくるか」


「わたしは宿屋にいって部屋が空いてるか確認してくるのです」


 エリナは懐からフォレルを取り出してカイへ渡すと、宿屋の方へ歩いていった。


「もう少し待ってくれよシャルロットちゃん。必ずアレックスさんに合わせてやるからな」


「……まちな……さいよ」


 ここでやっと、シャルロットがなにかつぶやいていることに気がつく。

 シャルロットの方へ目線をやると体を小刻みに震わせながら歯を食いしばっており、今にも怒りを爆発させそうだ。


「どうしたんだよシャルロットちゃん? 可愛い顔が台無しだぞ?」


「一帯なんなのこのクソ人間!? 無茶苦茶なことばっかりやって。あたしを780万も払って買っておいて。さっそく首輪をはずしてパパに会わせるとか意味がわからないわ!? あたしがいつパパに会いたいなんて言った? 村に戻ったって嫌な思いをするだけなのに!?」


 ゴブリンにつけられた首輪は奴隷であることを意味する。それを外すと言うことは、所有権を放棄するということに他ならない。

 シャルロットは噴火した火山のように怒りというなのマグマを撒き散らす。

 しかしその怒りは先ほどまでのものとは違い殴りかかってきたりはせず、ただカイの目を直視している。


「そうだな。たしかに怒るのも当然だ」


 俺はシャルロットの方を向いて正座をし、両手を広げて両膝の前に出し地面へと押し付けるとそのまま深く頭を下げて地面へとこすりつけた。そうジャパニーズ土下座。


「なにそれ? なんのつもり?」


「これは土下座といってな、俺が住んでいたニッポンポンに伝わる相手にたいして本当に悪いと、心から謝りたい時にする行為だ」


「それで? その土下座とやらまでしてあたしになにを謝るって言うの?」


 俺はゆっくりと息を吸い込んで吐き出すと心を落ち着けてから、胃の中にあるものを吐き出す勢いでしっかりと聞こえるように叫んだ。


「女の子を金で買うなんていう、人として最低なことをして本当に悪かった。もし怒りが収まらないなら、俺を煮るなり焼くなり好きにしてかまわない。ただ、これだけは信じてくれ。俺はただ純粋に、アレックスさんのところへシャルロットちゃんを連れて行きたかっただけなんだ」


 地面と見詰め合っているのでシャルロットちゃんがどんな表情をしているのかわからないが、今言ったことは全て真実で嘘偽りはない。


「なんでクソ人間がゴブリンにそこまでするわけ? 何か別に目的でもあるの?」


「……目的? しいて言うならシャルロットちゃんと友達になることかな」


「はぁ? ゴブリントと友達? 頭おかしいんじゃないの?」


「俺は本気だぜ? あとその、なにかるとすぐゴブリン、ゴブリンていうのやめよう」


 俺はゆっくり立ち上がってシャルロトちゃんへと近づくと、その黄色い瞳をじーっと見つめ真顔で言う。


「ゴブリンだっていいじゃん。もしそれを理由に突っかかってくる奴がいたら俺がぶっとばす。だからさ、今まであきらめていたことをやってみないか? 本当はやりたいこと沢山あるんだろ? たのしいぜ? きっと俺に感謝する日がくるのは確定的に明らかだな」


「ゴブリンだっていい? やりたいこと? そんなこと言われたって……」


 シャルロットが遠くを見るような目をし、噴火した火山はマグマを撒き散らすのをやめた。


「決めた。今日から俺はシャルロットちゃんと友達になる。もし帰るのが嫌なら俺たちと一緒に旅しようぜ! やりたいことがないならゆっくり探せばいいし、帰りたくなったらいつでも俺たちが送り届ける。それになにがあっても絶対に守るって約束する。ほれ、指きりしようぜ」


 俺は小指だけ立てた右手を差し出す。しかしシャルロットは無反応でこちらを見て言う。


「……あんたはあたしを買ったんだから、勝手にすればいいでしょ」


「そういうわけにはいかない。今は俺が一方的に友達と思ってるけど、友達には上下関係なんてない。もし嫌なら断ってもいい。シャルロットちゃんが、自分の意思で決めるんだ」


「あたしの意思……」


 ゴブリン。それもハーフという理由で同族からですらうとまれたシャルロットには、選択権なんてあるわけもなかった。今回カイと遭遇しなければ、そのまま人生を終えていただろう。

 ならば。どうせ終わっていた人生なら、自由に生きてみてもいいのではないだろうか?

 シャルロットは恐る恐る小指を立てて右手を差出し、俺は小指を絡ませる。


「し……しかたないわね。そこまでいうなら、その、なに、友達になってあげてもいいわ」


「よし。これはニッポンポンに伝わる、絶対に破ってはいけない約束をするときにおこなう行為だ。もし破れば針を1000本のまされて死ぬ。じゃあいくぞ? 指切りげんまん嘘ついたら針1000本のーます。指切った。これ完了だ」


 絡ませた小指を上下に軽く揺らして小指をはなす。シャルロットはなにをしたのか良くわからずポカントした状態で俺ら見ていた。ふと我にかえったのか、はっとした表情で慌てて喋りだす。


「ふっふん、勘違いしないでよ。あんたがどうしてもって言うから、しかたなく、友達になってあげるんだから。これであたしに恩を売ったつもりにならないでよ!」


 シャルロットは顔を赤くして目線をそらし、声がうわずる。


「安心してくれ、この恩はローンがきくからな。旅をしながらゆっくり返してくれていいぜ」


「なにわけのわからないこと言ってるのこのクズッ」


「ありがとうございます。我々の業界ではご褒美です!」


「あのー、おふたりとも。残念なお話が」


 ふざけあう俺とシャルロットを見て、申し訳なさそうな顔をするエリナ。


「おお戻ったかエリナちゃん。ちょうどいまシャロちゃんと友達になったところだ」


「ちょっと、このクソ人間。シャロちゃんてあたしのことじゃないでしょうね?」


「他にだれがいるんだよ? シャルロットって舌かみそうになるし、友達は愛称で呼ぶもんだぜ!」


「だったらクソ人間なんて、クズで十分よね」


「あのー、早く出発して別の街に行かないと野宿することになるのです」


「え?」 「はぁ?」


 エリナが楽しみに取っておいたプリンを食べられてしまったような、悲しい表情をして言うと俺とシャルロットが目を見開いて同時に口を声をだす。 


「宿屋満室だったのです……」

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