第8話 ゴブリンの少女シャルロット 後編

「なあ兄ちゃん。悪いがおいら、無駄話を続けていられるほどひまじゃねえんだ。この商品は売りに出せばすぐに買い手がつく。なんたって貴重なハーフゴブリンだからな」


「ハーフゴブリン!? 道理でこんなに人に近い姿をしているのです……」


「エリナちゃん、なんなんだそのハーフゴブリンて?」


 エリナが目を見開いて驚愕の表情をし、言葉を選びながらゆっくりと話しはじめる。


「ハーフゴブリンは人間とゴブリンの間にできた子供のことで、ゴブリンよりもかなり人間に近い体の構造をしているのです。なので、その……」


 そこまで言ってエリナが黙り込むと、みかねたガラの悪い男が話を続けた。


「体の構造が人に近くて、どんな扱いをしても罰せられない。要するに、病気や事故で体の一部を失ったやつとか特殊な性癖をしているやつ。単純に小間使いとしても需要があるんだよ」


「なんだと! それじゃあシャルロットちゃんは……」


 このまま連れて行かれたら、シャルロットちゃんは二度とアレックスさんとは会えない。それに女の子がひどい目にあうとわかっていて見過ごすなんて絶対に無理だ。

 なんとかして連れて帰りたい。

 俺が頭をフル回転させていると、エリナが耳元でささやき助け舟をだす。


「シャルロットちゃんが自分から帰りたいといえば、冒険者ギルドの依頼妨害という名目で連れて帰ることができるのです」


 受付のお姉さんのたわわな果実がぷるんぷるんしてるのに気をとられて、ちゃんと話を聞いていなかったがそんなことを言ってたような気がする。一筋の光が見えた思ったが、ガラの悪い男が放った言葉により光は遮られた。


「依頼妨害で連れて行くのは無理だぞ? ハーフゴブリンは同族からも煙たがられてる。こいつには居場所なんてないんだよ」


「……そうか……。なぁ、シャルロットちゃん。このまま連れて行かれてアレックスさんともう二度と会えなくても、それで本当にいいのか?」


「仕方ないでしょ。そういう世界なんだから」


 シャルロットは無言で俺のほうを見て淡々と告げた。その顔には生きようとする意志そのものが感じられない。まるで全てをあきらめている。そんな表情だ。


「いいわけねぇだろ! シャルロットちゃん! シャルロットちゃんはなにもわかってねえよ!」


 俺は叫びながらドスンと大きな足音を立ててシャルロットへと歩み寄り、両手でガッシリと頭を掴んで視線を合わせた。


「兄ちゃん、俺の商品になにしやがる!」


 ガラの悪そうな男が俺とシャルロットを引き離そうとするが、間にエリナが入り込んでそれを阻止し、杖を地面に突き立てる。


「わたしは大司教エリナなのです。カイさんは、あの少年はシャルロットちゃんに危害を加えたりしないのです。少しだけ見守っていてほしいのです」


「だ大司教? ちっ、わかったよ」


 男はバツの悪いような顔をして引き下がり、俺は話を続ける。


「ゴブリンだからしかたない、どんな扱いを受けても納得するしかない。そうやって諦めてるのかもしれないけど、シャルロットちゃんを心配して依頼を出したアレックスさんはどうなる?」


 アレックスという言葉を聞いたとたんシャルロットが一瞬動揺したように見えたが、また冷たい表情にもどってしまう。


「無事に帰ってきてくれるのをどれだけ不安な気持ちで待っているか。シャルロットちゃんは理解してるのか!?」


「なにひとりでわかった風なこと言って熱くなってるの? バカなの?」


 シャルロットは顔色を変えず淡々と告げる。


「わかるに決まってるだろ! ゴブリンの扱いがこんなにひどいのに、冒険者ギルドへ依頼をだすことがどれだけ危険なことかアレックスさんは知ってるはずだ。無事に再会できても家に帰るところをつけられて、他のゴブリンまでまきこむかもしれない。そうなったら、帰る場所をなくしたら、それまでの思い出全部っ! 失うってことなんだよ!」


「だからなに?」


「なんでわからねえんだ! アレックスさんはどんなことをしても、シャルロットちゃんを守りたいんだよ!! 帰ろうシャルロットちゃん、アレックスさんのところへ!」


 シャルロットは何も答えずにただひたすらじーっと、一切視線をそらすことなく俺の顔を見つめている。

 自分でも何でこんなに興奮しているのかわからなかった。頭の中がぐちゃぐちゃで、思いついたことを片っ端から言っている。ぜぇぜぇと荒い息遣いをしシャルロットの返答を待つ。


「つまらない話は終わった? いい加減この手どけてくれない? 痛いんだけどこのクソ人間」


「くっ」


 俺はシャルロットちゃんの頭から手を離すと、その場に両手両膝をついて崩れ落ちた。

 どうしてわかってくれないのか。本気でぶつかればわかってくれると思っていた俺が間違っていたんだろうか? それとも俺の考え自体がおかしいんだろうか? 俺はこの世界のことを何も知らない。でも、シャルロットちゃんとアレックスさんを会わせたいと思うのはおかしいんだろうか?


「話は終わったか兄ちゃん? まああれだ。中には子供ができない夫婦に買われて、人里はなれた所でひっそりと暮らしてたり、可愛がられてるやつもいる。こいつもそうなるように祈ってくれや。ほら、行くぞ」


 シャルロットの首輪につながれた鎖を引っ張り、魔法施設の方へ歩いてゆくガラの悪い男とシャルロット。何とかしてアレックスさんのところへ連れて帰りたいが、本人がその気でないならどうしようもない。万策尽きた、そう思っていた時期が俺にもありました。


「あ! そっか、そうだよ。なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだ。おっさん! ちょっとまってくれ」


「おいおい? おいらはひまじゃねえんだ。 いい加減にしてくれよ」


 ガラの悪い男は立ち止まって振り返ると、意味不明なクレーマーに対応する事務員のように不機嫌な顔をして返答する。


「ビジネスの話をしよう。シャルロットちゃん、俺が買うよ。いくらだ?」


「カイさん、なにいってるのです!」 「はぁ!? 頭おかしいんじゃないのこのクソ人間」


 エリナとシャルロットは突然目の前であらぶる鷹のポーズをされたような困惑の表情をし、ガラの悪い男は目つきを鋭くして人相がとても悪い。


「兄ちゃん冗談はよくねえな。 このハーフゴリンは高くつくぞ?」


「冗談なんかで女の子を買うとか言うかよ。いくらなんだ? 言ってみろよ」


 そう、本人の意思なんぞ関係ない。商品として売りにだされるのなら買えばいい。

 幸いこちらには旅の資金の30万エルがある。これ元手にうまく交渉すれば何とかなるのではないか?


「直接の取引なら仲介料をとられねえし、悪い話じゃねえな。わかった。じゃあ経費込みの、780万エルでどうだ?」


「なっ、そんなに高いのか」


「あたりまえだろ、普通のゴブリンだって300万エルはするんだ。仲介料がないぶん通常価格よりは安いんだぜ? 買わないなら話は終わりだ」


 甘く考えていた、780万もの大金をどう交渉しても30万エルにするのは無理だろう。方法があるとすれば……。


「まってくれ、実はもち金が30万エルしかないんだ。残りを物でっていうのは可能かい?」


「そりゃ物にもよるな。なにをだす?」


「俺が出すのはこいつだ」


 俺は懐からチベットスナギツネの顔みたいなロゴが描かれているカードを取り出す。それをガラの悪い男に見せ付けると表情があからさまに変わり、蛍光灯に群がる蛾のようにカードへ飛びく。


「こいつぁフォレルか! たしかにこれなら、30万エルとあわせて780万エルはするな」


「カイさんなにしてるのです!?」


「なにって俺は女の子が大好きだ。女の子を売ってくれる人がいるから買う。これのなにがいけない? ゴブリンはなにをしたって罪にならないんだろ? それならシャルロットちゃんを人質にアレックスさんを脅迫し村に案内させ、男は小間使いとして、女は俺のハーレムに加える。我ながら完璧な作戦」


「信じられないのですっ! きっと何か考えがあるのです……」


「このクズッ! 結局あんたも他のクソ人間と変わらないじゃないっ」


 エリナは仲の良い友達の引っ越しを知ったような悲しい表情をし、シャルロットの方はさっきまでの無表情はどこへやら、感情をむき出しにして怒りをあらわにしている。


「ハッハッハッ、なんとでも言いたまえ。ただし、この取引が成立したらシャルロットちゃんは俺の女になる。それだけは忘れないでくれよ?」


「こっこの……最低のクズッ!」


「我々の業界ではご褒美です。ありがとうございます。さておっさん、30万エルとフォレルで取引成立いいのかな?」


「ああ取引成立だ! まさか兄ちゃんがこんな上客だったとはな」


 ガラの悪い男は持っていた鎖を手放し、俺は30万エルの入った金貨袋とフォレルをガラの悪い男へ手渡す。


「うむ。良い買い物をしたぜ! これからは俺がシャルロットちゃんの主人だ。ちゃん……」


 シャルロット怒りの右フックが俺の右頬に直撃、痛みですこしよろめき発言が中断された。


「シャルロットさんやめるのです。カイさんはシャルロットちゃんを助けようとしてるのです」


「離しなさいよっ! このクソ人間。なぁにがっ『俺の女になる』よ! だれがっ、こんなクズの言いなりになるか!」


 エリナが暴れるシャルロットを羽交い絞めにし、何とか落ち着かせようとなだめている。


「しかし兄ちゃん。大司教様つれてふたり旅なんて、いったい何者なんだ?」


 ガラの悪そうな男の言葉を待ってましたとばかりに反応し、右親指で自分のことを指差して周りに聞こえるよう大声で叫ぶ。


「よくぞ聞いてくれた! 俺こそがこの世界を救う為に異世界からやってきた、勇者カイだ!」


「勇者?」「勇者ですって?」「あの方が勇者?」


「はぁ? 適当なこといってんじゃないわよっ! あんたみたいなクソ人間のクズが、勇者なわけあるか!」


 あえて回りに聞こえるよう言ったため、騒ぎを嗅ぎつけてやじうまが集まり一斉に注目をあびる。


「確かに王国から発表があったし、大司教様を連れてるって事はまじもんらしいな。道理で見たことのねえ格好してるわけだ。するってえとあれかい? さっきのゴブリンをどうたらってのもまじなのか」


「ああそうだ。そしてみんなに知らせがある。今後一切、ゴブリンに手出しをするな。今現在売られているものや、所有しているものは全て開放すること。ゴブリンは全て俺のものだ」


 俺の発言を聞いたやじうまがざわめきはじめ、ガラの悪そうな男が「ちょっと待ってくれ」と反論をする。


「それは困る! オイラみたいなゴブリンで生計を立ててるやつは多いんだ。急にそんなこといわれても、できるわけないぞ」


「そんなこと知るか! いいか? できるかできないかじゃない、やるんだよ! 俺は国王から自由にやっていいと許しを得ている。つまり、俺の発言は国王の発言と同義と思ってくれてかまわない。もし俺に従わないのなら、国王への反逆とみなし断罪する。わかったらここにいるやつら全員、ひとりでも多く知らせて来い!」


「わ、わかった。急いで商人仲間に知らせてくる」


 ガラの悪い男は血相を変えて魔法施設の方へ駆け出し、それを見てかやじうまも四方八方へ散り散りになる。


「……すげぇな。これが権力ってやつか」


 そして、俺とエリナとシャルロット以外誰もいなくなった。

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