第7話 ゴブリンの少女シャルロット 前編
「カイさんに丁度いい依頼を見つけてまいりました。こちらなんてどうでしょう?」
受付のお姉さんが書類をもってカウンターから出てくると、小走りで駆け寄ってきてその中から1枚抜き取り俺の眼前へ差し出してきた。それを両手で受け取り内容を確認すると、見覚えのある女の子の顔が描かれていた。
依頼人――アレックス。
依頼の種類――人探し。
依頼内容
娘がひとりでセルシアラの花を取りに行ったのですが、いまだに帰って来ておらず行方がわかりません。娘の名前はシャルロットといい16歳のゴブリンで、乱暴な言葉遣いが特徴です。目撃した方がいらっしゃいましたら、冒険者ギルドまで連れてきていただけないでしょうか? よろしくお願いします。
報酬――50,000エル。
「どうしましたおふたりとも? なにか心当たりでも?」
依頼書を見た俺とエリナちゃんの石のように固まっているだろう表情を見たからか、受付のお姉さんがキョロキョロと交互に視線を送る。
「心当たりというか、心当たりしかないというか、ついさっき遭遇したというか」
「セルシアラのところで見かけた娘なのです! いなくなってから大分経ってるということは、多分歩いて来たと思うのです。それならまだ、タタリヒの近くにいるかもしれないのですよ」
「これは間違いなくフラグ! エリナちゃん、タタリヒへ急ぐぞ!」
「ちょっと何言ってるのかよくわからないですけど、娘さんを早くアレックスさんのところへ連れて行ってあげるのです!」
ふたりだけで盛り上がってしまい完全に蚊帳の外になっている受付のお姉さんが、はじめてひとりでお使いに行った子供を心配して後ろから着いて行き、手助けしようか戸惑っている表情をして言った。
「では、この依頼を受注するということでよろしいでしょうか?」
「はい。お姉さんありがとう。おかげで女の子もお金も手に入りそうだぜ! 早速行ってきます」
「お気をつけて、無事に依頼達成できますように」
受付のお姉さんに見送られ、俺とエリナちゃんは冒険者ギルドを後にしタタリヒへと向かった。
~~~~
「あの娘がセルシアラの花を摘んでたってことは、後は家に帰るだけ。つまり、このイベントは期間限定でここを逃したらあの娘のルートに入るのは厳しい。一刻も早く見つけださなければ……と、言いたいがその前に腹ごしらえがしたいな」
思えば異世界に来たのが夕飯前。そこからピーチウッドを倒していくつか白桃を入手したものの、涎をたらしながら見つめてくるエリナにほとんど渡してしまった。なのでここまで白桃1個しか口にしておらず、さすがにしっかりと食事をしておきたい。
「ちょうどお昼時ですからわたしもお腹がすいてきたのです。陛下から旅の資金にと30万エルほど頂きましたから、しばらくは贅沢しても大丈夫なのですよ」
「そんなこと言ってると、FXで有り金全部溶かす人の顔になるぞ。俺が止めなかったら、すでに所持金半分は消えてるからな?」
冒険者ギルドを出て魔法施設へ向かう途中、出店の匂いに釣られたエリナちゃんが、食べたいお菓子を片っ端から買い物カゴに入れる子供のような行動を取った為、慌てて金貨袋を取り上げ阻止した。
魔王と友達になるのは、一朝一夕に達成できるものじゃない。当然生活費が必要になり、それをこの食べ物を見ると例え人様のハムでも奪い取るようなロリ巨乳に任せるなんて、食べ物に変えてくださいといってるようなものだ。
「だっておなかすいてるんですよ。ちょっとくらい買い食いしてもいいじゃないですか!」
「そのちょっとした買い食いを毎日続けられたら、明後日には野宿することになるぞ!」
「……それは、あれなのですよ。経費として申告するとか、カイさんが冒険者ギルドで依頼をこなしたりすれば……いいのです!
「お前本当に魔王と友達になって欲しいって思ってるのか? こんなこと続けてたら、陛下もいずれ支援してくれなくなるだろうし、宿賃だって確保できなくなる。野宿するにしても夜盗やモンスターに襲われる危険があるから安全じゃない。これじゃ友達になるどころか最悪途中でのたれ死ぬぞ?」
基本女の子にやさしい俺だが、今回ばかりはしっかり言わせてもらう。それほど進もうとしているのは茨の道なのだ。
うまいこといって魔王のところまでたどり着けたとしても、友達になれる補償なんてどこにもない。なぜなら、向こうが友達になるつもりがなかったら何の意味もないからだ。倒す以外の道を探すにしても当然生活費は必要になってくる。後々の事を考えるとこんな序盤から、しかも自分で言うのも悔しいが、俺が弱すぎて収入源を確保できていない状況で無駄遣いはできないんだ。
エリナだってそれは十分理解してるはずだ。きっとこの熱い炎を燃やしているであろう本気の目を見れば、必ず俺の思いは通じる。
「なんでそんな目で見るんですか。だって、だって、お腹すいたのです。しょうがないいのですぅううううう」
泣き出して地面に寝転がりじたばたするエリナ。その様子はおもちゃを買ってもらえずに駄々をこねる子供そのものだ。どうやら単純に俺が怒っているということしか伝わらなかったらしい。
(だめだこいつ、早くぺろぺろしないと……)
「ご飯も食べさせてもらえないなんて可愛そうにねぇ」「嫌だわあんな小さな子を泣かせるなんて」
エリナの泣き声に反応してギャラリーが増えてきた。このままではなにを言われるかわかったもんじゃない。早くここを離れなければ。
「わかった。わかったから暴れるんじゃない。なんでも好きなもの食べていいから。な? たのむから立ち上がってくれ。あとパンツ見えてるぞ」
エリナは飛び跳ねるように起き上がると、その目を輝かせながら俺の顔を覗き込んでくる。
「いま何でも好きなもの食べていいていったのです?」
「顔が近い。言ったけど、その土ぼこりを払ってからな」
地面に寝転がってローリングしてたせいで体のいたるところが汚れており、このまま店にはいったら迷惑になるだろう。まずは汚れを払ってから。
「あ! カイさんあれ!」
「なんだ、早速食いたいもの決めたのか?」
「ちがうのです! あそこにいるのシャルロットちゃんじゃ!」
「え!?」
エリナちゃんが俺の後ろを指差したので振り返ると、そこにはセルシアラの群生で見かけたゴブリンの少女。つまり依頼書のシャルロットが鎖のついた首輪をつけられ、ガラの悪そうな男と一緒にいた。
「向こうから来てくれるなんてな! 行くぞエリナちゃん」
「はい!」
目的の娘が目の前にいるのに腹ごしらえなどしていられない。それに女の子に鎖つきの首輪をするなんていくら水溜りのような深く広い心を持っている俺でも、堪忍袋の緒が切れました!
絶対にゆるせない。その思いが力強い一歩となって足を速める。
「すみません。ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「あぁん? なんだ兄ちゃん?」
「その娘に用があって、シャルロットちゃんだよね?」
シャルロットと呼ばれた少女は顔を上げると俺のことをにらみつけてくる。
頬は紅潮していて叩かれたような痕があり、この首輪を無理やりつけられたのは確定的に明らかだ。
「冒険者ギルドの依頼を受けてきたんだ。お父さんが心配してるから早く冒険者ギルドへ行こう」
シャルロットは俯いて沈黙をまもり、変わりにガラの悪そうな男が返答をしてきた。
「おいおい兄ちゃん、何勝手に話を進めてんだ? こいつはおいらの商品なんだ。依頼だか何だかしらねえけど悪いが諦めてくれ」
「商品? 女の子を物みたいに扱うのはやめろよっ! それにこんなのただの誘拐だろ! この世界だって誘拐は犯罪なんじゃないのか? そうだろエリナちゃん!」
「……そ、それは……」
「商品」という言葉にこみ上げてくる怒りが抑えられず口調が感情的になる。エリナに同意を求めるが口ごもってうつむいてしまい、何も喋らない。
「どうしたんだよ……エリナちゃん。どうして何も言わないんだ」
ガラの悪そうな男が「やれやれ」といって頭を左右に振り、俺の肩に手を置く。
「いいか兄ちゃん? 知らねえみたいだから教えてやる。ゴブリンには何をしようが、たとえこの場で殺しても何のお咎めもない。それがこの国のルールだ」
「そんなふざけたルールがあるわけっ……」
そこまで言って俺の声はガラの悪そうな男の怒鳴り声にかき消された。
俺のもう片方の肩に手を置くとガッシリと掴む。
「あるんだよ! このルールはな、他の誰でもないこの国の王自身が決めたことだ。ゴブリンは先の大戦で魔王側についた。その結果、この国ではゴブリンになにをしてもその件で罰せられることはない!」
「本当なのか、エリナちゃん」
俺はガラの悪そうな男が言ったことを信じることができず、エリナへ問いただす。
否定して欲しい。そんなばかげた話あっちゃいけない。ゴブリンて理由だけでなにしてもいいだなんて……。そんな、そんなことが……あっていいはず。
「本当です」
「まじかよ……。でもだからって、ゴブリン全員が魔王側についたわけじゃないだろ! 無理やり戦わされたやつだっているかもしれねえじゃねえか。シャルロットちゃんがなにしたって言うんだよ!」
「何をしたかって言うなら、生まれてきたことが罪だな。だいたい魔物をかばうようなことは言うもんじゃねぇ。兄ちゃんの言った無理やり戦わされたゴブリンに家族を殺されたやつだっているんだ。それにゴブリンに限らず魔物へ恨みをもってるやつは大勢いる。どこで誰に聞かれてるかわからねえぞ?」
ガラの悪そうな男は俺の両肩から手を離して、シャルロットの首輪についている鎖を引っ張りながら話を続ける。
「……なんだよ。そのオタク=犯罪者みたいな考え方。生まれてきたことが罪って、そんなのおかしいだろ……」
「カイさん……」
「うるっさいわね。なんでそんなに怒ってるの? 別にあたしがどうなろうとクソ人間には関係ないでしょ」
俺とガラの悪い男のやり取りを傍観していた、シャルロットが口を開いた。
「なに言ってるんだ! シャルロットちゃんだってお父さんのところに帰りたいだろ?」
「別に」
シャルロットはボソッとつぶやくと、再びうつむいて口を閉じた。
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