第10話 仕組まれた罠
宿屋が満室のためこのままでは野宿することになる。
別の街へ行くにしてもフォレルがないので歩いていくしかなく、エリナに聞いたところ1番近い街でもたどり着く頃には日が暮れてしまうらしい。
どうするか考えていたところシャルロットが、ゴブリンの村へ案内すると言い出した。
無理に戻る必要はないと言ったが、1度しっかりと父親と話がしたいそうだ。
俺とエリナはシャルロットの意思を尊重し、ゴブリンの村へ向うため森の中を進んでいたのだが、案の定予想していた事態が発生する。
「まだ着かないのです? おなかすいたのです!」
エリナがグズリはじめたのだ。
森の木の実やキノコを食べてはいたのだが、エリナの胃袋を満たすことはできない。
こいつの胃袋はブラックホールか!
「さっきからうるさいわね。毒キノコ食べさせるわよ!」
「ひぃ! カイさん、なにか食べられるものないのです?」
エリナが涙目になりながら上目遣いですがり付いてくるも、持ってないものを渡すことはできない。
「何かあったらもう渡してる」
「ううう。あ! あそこにあるのって果物じゃないですか?」
エリナが指差した方に視線をやるとそこにはリンゴやバナナ、ブドウのような形をした色とりどりの果物っぽい物が檻の中に置かれている。
どう見てもイノシシとかを捕獲する大型獣用箱罠で、流石にこれはほっといても大丈夫だろう。
しかし、視線を戻すとエリナの姿が見当たらない。
「あれ? シャロちゃん、エリナちゃんは?」
「知らないわよ。あんたが見てたんじゃないの?」
嘘……だろ……?
いやそんなはずないだろ。
いくら胃袋ブラックホールで食欲に忠実といっても、あんなわかりきった罠に引っかかるやつが。
俺が恐る恐る視線を箱罠へ向けると、果物っぽい物を貪るロリ巨乳の姿が。
「カイさん! この果物おいしいのです!」
「お前……」
呆れて怒る気にもなれない。
「なにボーッと突っ立ってんのよ。ほら、あそこを見なさい。あれがゴブリンの村よ」
「あ、ああ。その前にあれを……」
俺が力なくエリナの方を指差すとシャルロットは一瞥し、我関せずと先へ行ってしまう。
「あー待ってくれ。エリナちゃん早く来るんだ。置いてくぞ!」
「ふぁいー」
エリナが果物に夢中になっており、シャルロットは歩幅を狭めて歩く早さを調整する。
「シャロちゃんてなんだかんだ言ってものすごいやさしいよな。今だってエリナちゃんがはぐれないようにゆっくり歩いてるし」
「ふんっ。そうやってあたしの機嫌をとればなつくとでも思ってるの?」
シャルロットは口調が少しきついが、本当はものすごいやさしい娘だ。
その証拠に、道中エリナが食べていた木の実やキノコはシャルロットがさりげなく知らせたもの。
毒をもっていたり、食用でないものをエリナが手に取らないよう気を配っている。
「思ったことを言っただけだよ。あと怒ってばかりだと、可愛い顔が台無しだぞ?」
「口だけは達者ね」
「口だけじゃないぞ? シャロちゃんさえ良ければ俺は結婚したいとも思ってる」
俺の発言を聞いたシャルロットが、立ち止まって振り向きため息をつく。
「あんた、女の子だったら誰でもいいの?」
「確かに女の子は好きだけど。でも、シャロちゃんは特別だよ?」
「はぁ? 何それ? 意味がわからないんだけど」
シャルロットは、くるっと振り返って俺に背を向け歩きはじめる。
「だってこんなやさしくて可愛い娘と毎日一緒にいられたら、それだけでうれしいよ」
「なんでそんな次から次へと、嘘をつけるの? あたしの機嫌なんかとってどうしたいのよ」
「嘘な……」
シャルロットは再び立ち止まると、今度は振り返らずにそのまま聞いてきた。
疑問に答えるため俺が放った声は、後方から聞こえてきたより大きな声にかき消される。
「嘘なんかじゃないのです。シャロちゃんにかけた精霊の加護スピリット・プロテクションは、シャルロットちゃんに嘘をついてだまそうとしても発動するのです」
ここまでの会話で、一切魔法は発動していない。
それすなわち、俺の言っていることが嘘偽りない本心ということを示している。
「……じゃ、じゃあ、あんた本当にあたしと……」
「最初から言ってるだろ。ようやく信じてもらえたか?」
「うるっさいわねこのクソ人間! さっさと行くわよ」
「どうしたのです? 何を話してたのです?」
シャルロットは酷く動揺し、早足で歩き始めた。
~~~~
道中で何度もエリナが箱罠に引っかかり、そのたびに頭が痛くなったかが何とかゴブリンの村へたどり着くことができた。
しかし俺のことを村ゴブリンが見たとたん、他の村ゴブリンが集まってきてとてもさわがしくなる。
やはり人間は歓迎されないようだ。
「入っていけるような空気じゃないな。シャロちゃん、俺たちは村の外でまってるからアレックスさんのところへ行ってきなよ」
「ふぇ!? ごはん食べるんじゃないのです?」
やっとちゃんとした食事にありつけると思ったのか、エリナは798円の買い物をした時に8円がなくお札を見ると万札しかなかったため、しぶしぶ1万円で会計をするような顔をしている。
「しかたないだろ、この状況じゃ。とても落ち着いて食事できるようには見えない」
「そんな……。いつになったらごはんを食べられるのです?」
できればここで食事を取りたい。
だがこれでは、ゴブリンと人間の関係を考えるに食事を提供してもらえたとしても、何か盛られる可能性は捨てきれない。
「すまないシャロちゃん。話が終わったら、何でもいいから食べ物を持ってきてくれないか?」
「そんな心配しなくても大丈夫だと思うけど? あんたの話で持ちきりみたいだし」
「俺の?」
シャルロットの言った意味がわからず額に指を当てて考えていると、1人の村ゴブリンがこちらを警戒しながら近づいてきた。
俺の顔を見上げてまじまじと見つめ。
「あなた様が、カイ様ですか?」
と聞いてきた。
俺がそうだと答えると、突然飛び跳ねて騒ぎ立てる。
「おおおおおおお! みんな! この方がカイ様だ!」
「あの方が!」「わざわざこの村までお越しにくださるとわ」「おおおカイ様! ありがたや」
ゴブリンたちが一斉に集まってカイの周囲を囲み、各々が家にお越しくださいとカイの手や足をひっぱり連れて行こうとする。
「ちょっと待ってくれ、俺がなにかしたのか?」
なにが起こっているのかわからず、動揺するカイにゴブリン達が続ける。
「なにを言ってるんですか! カイ様のおかげで仲間たちが解放され、既に何人かは村に戻ってきたのです」
「そうですとも! おかげでもう会えないと思っていた息子と会うことができました。カイ様は我々ゴブリン族の英雄です」
「……英雄って。俺はただ、酷すぎるゴブリンへの扱いを何とかしようとしただけで……」
俺の話を聞いたゴブリン達は「なんて謙虚な人間なんだ」「こんな人間がいたとわ」と各々口にし、中には感動して泣き出す者も現れた。
そんなゴブリンたちの1人が、シャルロットへと話しかける。
「シャルロット、お前も親孝行なやつだな。ゴブリン族の英雄であるカイ様の側室に入れるなんて、これほど誇れることはないぞ? アレックスも喜ぶだろうなぁ」
「はぁあああああ!? だれがっ、だれのっ、側室に入るですってええええええええ!?」
シャルロットは顔を真っ赤にして息を荒くし、「側室」という言葉を言い放ったゴブリンの襟元を掴み上げ前後に大きく揺らす。
「ちちちちがうのか? ああ、じゃあお前が本妻ってことなのか! それは悪かったな」
シャルロットはゴブリンを突き飛ばすと、その場にいる全員に聞こえるよう大声で叫ぶ。
「このクソ人間は友達よ! そう、ただの友達! こんなやつのことなんか別になんとも思ってないわよっ!?」
「そ、そうなのか? そいつはわるかったな。じゃあオイラはアレックスに知らせてくるよ。心配してたからな早く知らせてやらねえと」
地面に寝そべっているゴブリンは、謝ってゆっくりと立ち上がると村の奥へ去っていった。
「シャロちゃん。ゆっくりと、しっかり話すんだぞ?」
「あんたなんかに言われなくたってわかってるわよ」
「残念ですが、それは叶わぬ願いです」
今まで騒いでいて気づかなかった。
後方からの声に反応して振り返ると、そこには白い鎧に赤いマントの背が高く若い男が、笑みを浮べ200人はいようかという騎士を引き連れて立っている。
「カイ様。ここまでの案内ありがとうございます。後はこのグランバデュレイ騎士団、第3騎士団長ハイルリッヒにお任せください」
ハイルリッヒと名乗った男は腰に下げた剣を引き抜いて、自分の眼前で縦にまっすぐ構える。
「カイ様とエリナ様はこのハイルリッヒが全力でお守りする。第3騎士団の精鋭諸君はこの醜き魔物達を殲滅しろ! 村を焼き払い、1匹たりとも逃すな! 弓兵、斉射用意」
「ハッ」
ハイルリッヒの合図を元に、後ろにいる兵達が矢に火をつけて弓を引く。
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