第5話 王都へ
「おいおいエリナちゃん、やきもちはよくないぞ?」
「冗談は存在だけにしてほしいのです」
「存在って……」
俺とエリナのやり取りをゴキブリを見失った時の不機嫌そうな表情で見つめるゴブリンの娘。
警戒心が強いと言われるゴブリンの事だ、知らない人間が気軽に話しかけてきたら当然の反応だろう。
「なんなの? うっざいわね。どっか行ってくれない?」
「ああごめん。いきなり話しかけたら警戒するわな。ここが日本だったら事案になっちまう。俺はカイっていうんだ。で、こっちはエリナちゃん。君は?」
まずは警戒心を解くところから全てがはじまる。
さっきのエリナの説明から、ゴブリンがひとりでいることには理由があるはずだ。
ゴブリンに限らず困っている女の子にはやさしくしなければならない。
「はぁ? 言葉がわからないの? このクソ人間。どっか行けっていってるんだけど」
手ごわいな、だが問題ない。
ギャルゲーをこよなく愛する俺にとってこの状況は想定内。
好感度マイナスからスタートするものもあり、攻略するのに手間はかかるがその分達成感も大きい。
今はツンツンゴブリン娘だが、きっと数ヶ月後にはデレデレになっているはずだ。
「まあそう怒った顔するなよ。可愛い顔が台無しだぞ? もし困っていることがあるなら、力になるから何でも言ってくれ」
「なら今すぐここから消えて。クソ人間のクズなんて見てるだけで気分が悪くなるから」
これ以上はやめておいたほうがいい、俺のギャルゲーマーとしての勘がそう言っている。
罵られるのは大好物なので問題ないが、しつこい男は女の子に嫌われてしまう。
ここは大人しく引き下がりタタリヒへ急ごう。
「わかった。邪魔してわるかったな、行こうエリナちゃん」
「……」
「エリナちゃん? どうしたんだそんな顔して」
反応がないエリナの方を向くと、ハトがショットガンをくらったような顔で静止していた。
「は、はい? すみません。何の話でしたっけ?」
「タタリヒへ行くけど、具合が悪いなら少し休んでからいこうか?」
魔法を結構使っているし、疲れがたまっているのかもしれない。
「大丈夫です。行きましょう、タタリヒはすぐそこですよ」
「ふんっ、早くどっか行きなさいよ。このクズッ」
「そう急かさなくてもすぐに行くよ。またな」
~~~~
タタリヒへ歩きはじめると、すぐにいくつか風車が見えてきた。
その下にはオレンジ色の屋根をした建物が点在しており、行商人だろうか? 村の入り口であろう門を荷馬車が行き来している。
「カイさん、あれがタタリヒですよ」
「ほぉー、まるで最終空想物語に出てきそうだな」
エリナが「なんですかそれ?」と聞いてきたので、俺が最終空想物語について熱く語り始めると興味をそそられなかったのか、無視して目前にせまるタタリヒへ足をはやめる。
一通り話し終えた後で同意を求めるも、そこで既に先行して距離が離れていることに気づき慌てて小走りしてエリナの真横へ並ぶ。
「まだ明るいけどタタリヒに一泊するのか?」
「いえ、タタリヒから魔法施設を使って王都へ転移します。早く陛下にカイさんのことを報告しないと」
「陛下に報告? もしかしてエリナちゃん、大分偉い人だったりするの?」
「カイさん、女の子には秘密がいっぱいなんですよ」
人差し指を立てて自分の唇へもっていきウインクするエリナ。
一見ただの合法巨乳ロリだが、魔法が使えて怪力というファンタジー感バリバリである。
いや、合法巨乳ロリというのは間違いかもしれない。なぜなら俺はエリナちゃんの制服をみて姉と同じ女子高生だと思っていたからだ。
エリナちゃんはバンバーラの住人だから、この服装は俺たちの世界へ溶け込む為のカモフラージュであると考えるのが自然だろう。そうなると外見から見て合法ではなくただのロリ巨乳になる。
むしろそもそもここは異世界なんだから合法とか関係ないんじゃ? それにもしかしたらエリナちゃんは、3000歳とかいってるロリ巨乳ババアの可能性が微レ存。
どちらにしても大好物だから特に問題はない。うまくいけばこのロリ巨乳と……。
「顔がだらしないことになってますよ」
「おっと紳士にあるまじきことだ。ここからタタリヒの素敵な女性とお近づきになれるかもしれないからな、気を引き締めないと」
「騒ぎになると面倒なので、『俺が世界を救う、救世主になってやるぜっ!』とか騒がないでくださいね」
「そんなことしねえよ」
「本当にやめてくださいね」と念を押すエリナを納得させて、ふたりはタタリヒの門をくぐった。
~~~~
タタリヒへたどり着いた俺たちは、さっそく王都へ向かうために魔法施設へ行き利用申請をして順番待ちをしていた。
施設内には俺とおなじような見た目の人間や、トカゲのような顔をしている者、3頭身ぐらいの毛深い者や、耳が細長い金髪ロングへアーの色白なお姉さん等様々な種族が見受けられとてもにぎわっている。
「まさにファンタジー、やっぱりこれって夢なんじゃないのか?」
エリナから話を聞いた限りでは、どうやらここは空港みたいな所らしい。
簡単に他国へ行くことができて利便性が高い反面、密入国を防ぐ為パスポートのようなものがなければ利用できないそうだ。
しかしそのパスポートは売れば1年間遊んで暮らせるという高級品で、一部の富裕層しか手に入れることはできない。そのため家族を養うために偽造パスポートを入手して出稼ぎにくる不正入国者が後を絶たないらしい。
「なあエリナちゃん、次元つないで移動できるなら直接王都に移動できないのか?」
世界同士を行き来できるのであれば、特定の場所へ行くことも可能なはず。そうなるとわざわざ草原に一度転移してそこからタタリヒまで歩き、そこでやっと王都へ行くなんて効率が悪すぎる。
そこに来てこのバカ高いパスポート。わざわざそこまでする理由なんてあるんだろうか?
「この世界で転移魔法なんてつかったら、空間管理組合に怒られちゃいますよ」
「空間管理組合? なんだよそれ」
「ある程度魔法の知識があるかたなら転移魔法はそう難しくないのです。なので密入国者だらけになっちゃうのを防ぐために、この世界で魔法施設を使わない転移魔法が感知されると、組合の方々が捕縛しにきちゃうのです」
「でも、なんで次元つないだのに草原からスタートなんだ?」
「あれは組合の方に話を通しておきましたから大丈夫でしたけど、大変だったんですよ? 例外は認めないの一点張りで、何ヶ月も説得してやっと、タタリヒ村外の草原に転移することを許可してもらったんですから」
魔法というのも俺が思っているほど安易なものじゃないらしい。
もしかりに日本でも魔法が普通に使えたなら、魔法法なんて法律ができて魔法をつかうのに免許が必要だったりして……。やめよう、夢をぶち壊しそうだ。
「なるほどね。そこまでして呼ばれたってことは、俺って結構期待されてたりするわけだ」
「そうですよ? だからがんばってもらわないといけないのです。あ、そろそろわたしたちの番ですから行きましょうか。これフォレルって言うんですけど、なくすと新しく作らないといけないので大事にしてくださいね」
エリナからフォレルを手渡され、俺はそれをまじまじと観察する。
俺が思っていたパスポートとはまったく違うもので、手のひらサイズのカードキーのようなものだった。
カードキーは青色で、片面中央にチベットスナギツネの顔みたいなロゴが白色で描かれており、端に黒いラインが通っている。その裏面には何もなく、こんなに簡単なつくりでいいのかと不安になるほどだ。
「これって盗まれたりしたらそのまま使えるの?」
「そうですよ。なのでそれ目当ての盗賊もいるのです」
「異世界こっわ。用心しますか」
「エリナ様、カイ様。転移の準備が整いました。3番ゲートまでお越しください」
名前を呼ばれたのでエリナの後をついていき3番ゲートへと向かう。
途中係員にフォレルを要求されたため、手渡してどういった処理をするのか興味深く観察していたが、ATMのようなものにカードを挿入して排出されたものを返却されただけだった。
少々がっかりしたが、「早くー、転移しちゃうのです!」とエリナに急かされて奥にある魔方陣のようなものの上に並んで立つ
「ご利用ありがとうございます。行き先は王都グランバデュレイでよろしいですか?」
「はい、大丈夫なのです」
「では、良い旅を」
バンバーラに来た時と同じ穴が足元に出現し、吸い込まれる俺。
右手に暖かい感触がする。ふと視線をやると、エリナがにへらとした笑顔で手を握ってくれていた。
妙な安心感がして、俺も自然と口元が緩む。
1度目は内心不安が大きかったが、2度目は不安よりもワクワク感のほうが大きかった。
勇者カイの冒険はここから始まるのだという、ワクワク感が。
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