第4話 唸れ魔剣 束縛なき清浄《コードレス・クリーナー》
「今までの事が全部現実? エリナちゃん冗談はよしこさんだぜ」
「冗談なんかじゃありません。ふざけてると病院で栄養食を食べることになりますよ!」
黄金の鉄の塊で出来ているナイトならいざ知らず、皮装備未満の俺が何の策もなしにモンスターへつっこめばそれは手の込んだ自殺だ。
「とりあえずどこかに隠れよう、戦いは正面切ってやるものじゃない」
辺りを見渡すとちょうどいい障害物が目に入りその影に隠れる。
そしてそこから覗き込むようにピーチウッドの様子を伺い、攻撃のチャンスを伺う。
「エリナちゃん、あいつの弱点は頭でいいのか?」
「そうですけど……。なんでわたしの後ろに隠れてるんですか?」
「あいつの能力を俺は知らないんだ。エリナちゃん、今の俺でも本当に倒せるんだよな?」
「ピーチウッドを倒せなかったら、パンバーラの女性は見向きもしませんよ」
「……つまり。こいつを倒さないと俺に未来はないってことか! それならしかたねぇ、やぁぁぁってやるぜ!!」
さっそうとエリナの後ろから飛び出して、掃除機を振りかざし一転も曇りのない凛々しい表情で叫ぶ。
「今日からこいつは掃除機改め、魔剣・
スイッチをオンにして電源をいれると、掃除機がブオオオオという唸りを上げる。
俺は両手でしっかりと掃除機を握り、剣道の上段構えの姿勢をとった。
やるからにはそれっぽい感じにしたほうが、ファンタジー感がして個人的にテンショが上がりみなぎってくる。
後はここで必殺技のひとつも叫ぼうものならば、まさにマンガやアニメの主人公。
「くらえ必殺っ、『
今思いついた技名を叫びながら助走をつけて飛び上がり、ピーチウッドの頭めがけて思いっきり
「ミギャアアアアアアアアアアアアア」
グオンという鈍い音を立て、叫び声をあけるピーチウッド。
すかさず、
「フギョオオオオオオオオ」
ピーチウッドは前のめりに倒れこむと、ピクピクと痙攣し動かなくなった。
「やりましたねカイさん。ピーチウッドを倒しましたよ」
エリナは台本を棒読みするかのように言うと、ピーチウッドへ駆け寄ってしゃがみガサゴソと枝を掻き分けている。
「あ、ああ。ありがとうエリナちゃん。でもコイツさ、本当に弱いんだな」
「あたりまえですよ、ピーチウッドは人間を襲ったりしませんもん」
エリナは俺に背中を向けたまま返事をすると、引き続きガサゴソとなにかを探しているようだ。
「え? じゃあ別に倒す必要とかなかったんじゃ……」
「なに言ってるんですかっ! あ! ありましたよ。これですよこれ、これがほしかったんです」
エリナは立ち上がって振り向くと両手を背中の後ろに隠して俺の目の前へ戻り、隠していたうちの左手を俺の眼前へと差し出した。
細く白い綺麗な指が白桃のようなものを握っている。
「これ甘くてとってもおいしいんですよ。カイさんもどうぞ!」
「……ありがとう頂くよ。って要するに腹がへってたってことか?」
「はい……。だって魔法使うのってかなりマナを使うんですよ? それに次元をつなぐ魔法なんて大分高位の呪文ですから、使える人だって限られるんですからね!」
「カイさんだって戦闘経験を得られてよかったじゃないですか。あ、でも次もピーチウッドと戦えるとはかぎりませんからね!」
(要するにエリナの食欲を満たす為、うろついていた何の罪もない無害なピーチウッドは犠牲になったのだ。まあせめて、美味しく食べてやろう)
草原で食べるピーチウッドの白桃は甘い。
「あ! カイさんあれを見てください」
「今度はなんだ? ……おおお。こいつはすげーや」
草原の左手方向、広がる緑の一画を塗りつぶすように黄色い絨毯がある。
「あれはセルシアラです。高級な薬の材料になるので訪れる人が後を絶たないんですよぉ」
「薬の材料ね。それにしても綺麗だな」
「夕暮れ時になると、夕日でセルシアラの花が輝いてとても綺麗なのです。その見た目から、黄金の草原っていわれているのですよ!」
足を止めてセルシアラの群生を見つめる俺を、にへらとした顔で覗き込んで言うエリナ。
まだ日が高く、空は青々として夕暮れ時には程遠い。
黄金の草原。
その由来が見れないことが残念に感じるくらい、セルシアラの群生は人を引き付ける。
現に動植物へ一切興味のない俺でさえ、こうして足を止め眺めているくらいだ。
「あ! あんなところに……」
「またピーチウッド見つけたのか?」
「違いますよっ! あそこです、あそこ!」
エリナは「ち・が・い・ま・す・よっ!」と明確に否定すると、セルシアラの群生を指差した。
セルシアラの群生のなかになにかがいる。
「エリナちゃん、なんだかわかるかい?」
「……あれは……、ゴブリンですね」
「なるほどコブリンか。エリナちゃん、ゴブリンはどんなやつなんだい?」
「ゴブリンは警戒心が強く他の種族とかかわろうとしません。山の中に住んでいて人里に下りてくることもまずないですし、仮にそうだとしても集団で行動するはずです。それに……」
「セルシアラの花を取りに来て迷子になったってとこだろ。襲ってこないならほっといてもいいだろうし、女の子じゃないなら別にいいや。タタリヒへ急ごうぜ」
言いずらそうに口ごもるのを見て何かを察し、俺は話を終わらせようとする。
エリナは俺の発言に、ビームライフルをはじめてみた赤い彗星のような驚いた表情をした。
「てっきりかわいい女の子だから突っ込んでいくと思いましたよ。たしかにタタリヒへ行くのが優先ですね」
「仲間と離れて心細くなっているだろう女の子を無視とか、あんた悪魔かよ! 信じられねえっ」
「ちょっとなに言ってるのかよくわからないですね」
女の子なら話は別、モンスター娘というジャンルをご存知だろうか?
どんなに気色悪いモンスターでも女の子にすることで超絶美少女になるのだ。
それにわざわざ異世界でブッサイクな女の子を出す必要はない。
なぜなら誰も得しないし需要もないからだ。
つまり異世界にブスはいなくて、出会う女の子は全員美少女間違いなし。
まず出会ったばかりの状態を好感度0とする。
出会い方と抱えている悩みを解決することで好感度+15ポイントはいくだろう。
この15ポイントはかなり大きく仮に胸や尻、太ももに触って好感度-5されたとしても3回までならセーフということだ。
それとラッキースケベなら謝ればある程度までは許されるはずだから、この15ポイントの価値がよくわかってもらえるだろう。
仮にもしブサイクだったらその時は、親切な人のふりをして近づき油断させて倒せば良い。
「なにしてるんだエリナちゃん。あの娘のところへ急ぐぞ! きっと不安で体を震えさせて助けてくれる俺を待っているに違いないっ!」
「……カイさんて、女の子大好きですね」
エリナはじとーっとした目で俺を見てくる。
「可愛い女の子が嫌いなやつなんているわけないだろいい加減にしろっ! あたりまえのことを聞くんじゃあない!」
「はいはいそうですね」
俺が口から物を吐き出すような勢いで言うと、エリナは汚物を見るような目で一瞥し「はぁ」とため息をついて歩きはじめた。
「待ってろ、今行くぞ!」
年に2回ビックなサイトで開催される聖戦の、壁や企業ブースへ急ぐ戦士のように俺は走り出す。
ゴブリン娘との距離が近づくにつれて、だんたんとその容姿がはっきりしてきた。
背丈は俺よりちょっと低いくらいだろうか、年齢的には14から16歳くらいに見える。
髪の色はサンゴ礁がある海のように綺麗な水色。
長さは短くショートカットかと思ったが、右側でまとめておりサイドテールがとてもよく似合う。
(かわいい。人間最初が肝心だ、ちょっと呼吸を整えてから行くか)
ゴブリン娘まで後10メートルくらいのところでいったん足を止め、ジャージの裾で額の汗を拭う。
追ってきたエリナの正面に左腕をまっすぐだしてこれ以上進むなと制止し、小声で数歩後ろを付いてくるように命じた。
そこからは野良猫の警戒心を解くように、穏やかな表情でゆっくりと近づく。
ゴブリン娘の目はつり目で瞳の色は黄色。
キリッとした顔立ちをし、俺達のことに気づくとキョロキョロとあたりを見渡した。
「どうしたんだいお嬢さん? 君みたいな可愛い娘がこんなところにひとりでいたら、悪い人間に襲われてしまう。何か悩みがあるなら相談にのるよ」
これ以上ないくらい完璧なファーストコンタクト。
あとはこのゴブリン娘の悩みが、簡単に解決できる内容であることを祈るのみ。
「何いきなり話かけてきてるわけ? このクソ人間」
「ありがとうございます」
「はぁ? お礼とか意味わかんないんだけど。なんなのこのクズッ」
「我々の世界ではご褒美ですので」
「気にしないでください。この人ちょっと頭がおかしいんです」
黄色い瞳の釣り目から、カイに冷たい視線が突き刺さる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます