第2話 はじめまして異世界

 帰宅した俺は自室のベッドへ顔面から突っ込み、仰向けになって魔法少女マジカルナノ子のフリルワンピース姿が可愛らしいポスターを見つめ、バス停での出来事を思い返していた。


 あれは夢だったんだろうか?

 バス停でハム食ってたら、合法巨乳ロリが俺からハムを奪い取って願いを叶えると言った。

 冷静に考えればありえない話で、誰かに言っても信用してもらえないだろう。


(疲れてるのかな。ギャルゲーでもやって萌(もえ)を補給するか)


 俺がベッドから立ち上がって、パソコンの電源を入れようとボタンに指先が触れたその時!

 名刺より少し小さいくらいのガラスの破片が、某キャプテンウイングのドライブシュートを受けたように飛び散り、まるで吹雪のように床へ降り注ぐ。


 そして何かが転がり込む。

 それは勢いよく本棚に衝突して止まり、衝撃で倒れた本棚と収納されたマンガの下敷きになった。

 もぞもぞと動くそれを警戒し、バックステッポする俺。

 するとそれは這いずって抜け出し、立ち上がってスカートを払いその場で1回転する。

 そして後ろで手を組み顔をちょっと右に傾けてにへらとした表情でこう言った。


「きちゃった……」


 (あれ、俺いつの間に寝落ちたんだ? こんなマンガやアニメみたいなこと現実でおきるわけないだろ。それなら夢の中でくらい、好きにやらせてもらうか)


「エリナちゃん。怪我はないかい?」


「大丈夫です! わたし、こう見えても結構頑丈なんですよ! シュッシュ、打つべしっ、えぐり込むように打つべしっ」


 シャドーボクシングの様なことをやりはじめ、平気だということアピールしてくる。


「わかったから暴れるなよ。ガラスが散らばってるんだから危ないだろ」


 部屋の明かりを反射したガラスにより床がキラキラと輝いている為、危険だと思い注意するとエリナはしょぼんとした表情でうなだれた。


(まずは散らばったガラスの破片を片付けないとな)


 俺は部屋の隅においてあったスティック型の掃除機を手に取った。

 スイッチを入れるとブォオオオという音が響き、エリナが興味深そうにガラスを吸い込む掃除機を凝視する。


「ほへー、カイさんも魔法つかえたんですねぇ」


「俺もって、エリナちゃん魔法使えるの?」


「ふふーんもちろんです! 『そよ風の運手ブリージー・ベアー!』」


 エリナの右手に突然杖が出現すると、それを縦にした状態で目の前へ突き出し呟いた。

 するとふたりの体が床から30センチほど宙に浮き、ふわふわとベットの上まで移動する。

 手足は自由に動くが体が勝手に動くという不思議な感覚の中、俺とエリナは向かいあった状態でゆっくりとベットへ着地した。

 掃除機が掛け布団を吸い込んでフゴオオという音をあげるも、スイッチを切ることを忘れ呆けている俺。

 当の本人はドヤ顔で感想を待ち望んでいるようにみえる。


「どうですか? すごいでしょ? 褒めてくれてもいいんですよ? 崇め奉ってくれてもいいんですよ? えへへ」


 魔法すげぇ!? やっぱり夢の中ってなんでもありなんだな。まてよ? こんなことができるってことはエリナちゃんはもしかして……。


「なあエリナちゃん。エリナちゃんはもしかして、その、あれだ。異世界から来たり……したの?」


「はい。わたしはこことは違う世界、バンバーラから来たのです。カイさん、バンバーラを救う為に一緒に来てほしいのです」

 

 男は変形合体とか剣と魔法の世界。あと可愛い女の子がいっぱい出てくる日常形のアニメとかが好きなもんだ。そこにきて世界を救ってくれなんて言われたら、夢なんだし答えは決まっている。 


「よし、行くかバンバーラ!!」


「行きましょ、行きましょ! 『次元の門ディメンジョン・ゲート』」


 エリナが持っていた杖で床をコツンと叩くと、おもわず何の光って言いたくなるような緑色の閃光があたりを包む。

 光が収まると同時に2~3人くらい通れる穴が床に開いていた。

 覗き込むと中は真緑で輝きながら波打っており、ずっと見ていると気分がおかしくなる。


「これがふたつの世界を繋ぐゲートです。ここに飛び込めば、バンバーラヘいけますよ」


(さすが夢だなトントン拍子で話が進む。ならここ勇者らしく、ひとつポーズでもとってみるか!)


「うぉおおおお待ってろバンバーラ! 俺が世界を救う、救世主になってやるぜっ!」


 勇者が伝説の剣でそうするように、スティック型掃除機を天に掲げる俺。


「なにやってるんですか? 変なことやってないで早く行きましょ!」


「盛り上がったところで急にハシゴおろすのやめろっ」


 しかし、夢とはいえ飛び込むのは少し怖い。

 大丈夫だとわかっていても怖いものは怖いのである。


「押すなよ? 絶対押すなよ?」


「はい! わかりました」


 エリナは躊躇している俺の左手首を掴んでそのままゲートへと飛び込む。

 引きずり込まれる形でゲートへ入ると、急激な眠気に襲われだんだん体の感覚がなくなってゆく。

 

(だめだ、まぶたが重くて目を開けていられない)


 俺はゆっくりと目を閉じた。


~~~~


「……さ、…・…」


 何か聞こえる。


「……さん、……さん」


 なんだろう?


「カイさん、……」


 カイ……、俺の名前だ。

 俺を呼んでるのか?


「海さん、起きてくださいよぉ~」


(この声、エリナちゃんか?)


 ゲートに入ったら急に眠くなりそこからの記憶がない。

 ここはどこなんだ?

 いや、答えは既に出ている。

 俺はパンバーラへ行く為のゲートに入ったんだ、つまりここは……。


(ここは、パンバーラなのか?)


 俺はゆっくりと目をあけると、目の前にエリナの顔があった。


「やっと起きてくれましたね。ここがパンバーラですよ!」


 にへらとした笑顔で俺の顔を覗き込んでおり、右手で頭を撫でてくる。

 俺の体は草原のような場所に横たわっており、後頭部には温かくとても柔らかい感触が。

 寝返りをうって顔を右に向け、柔らかい感触のものをひと舐め。


(ペロッ、これは、太もも!)


「ひゃうっ! ななななななにするんですかぁ! 『そよ風の運手!ブリージー・ベアー!』」


「うおっ!」


 突然太ももを舐められて驚いたエリナは、杖を地面に突き立てて叫ぶ。

 俺の体が突然フワッと浮いて、そのまま突き飛ばされたように1メートル程吹っ飛んだ。


「おご、ごおおお、おおおおおおお」


 受身の取れない俺は、おもいっきり尻を強打。

 苦痛の表情を浮かべ声にならない叫びをあげながらその場でのた打ち回る。

 着古したジャージ程度の防御力では、尻をマモレナカッタ。


(なんで夢なのに痛いんだよ。 夢って本人にダメージないはずだろ)


「ああああわわわわ、今治しますから我慢してくださいー」


 杖を回転させながら慌てて駆け寄ってくるエリナ、そして杖の先端を俺の尻に向けてつぶやく。


「『癒しの光ライト・キュア!』」


 すると俺の尻を暖かく青白い光が包み込む。

 それはとても気持ちがよいもので、まるで温泉に浸かっているような気分になり痛みも徐々に引いていった。


「ふぅ……。まったく太ももを舐めたくらいで大げさだなぁ」


 俺が立ち上がって自分の尻をさすりながらそう言うと、すかさずエリナが反論する。


「なっ、ななななにが『太ももを舐めたくらい』ですか! ただの変態ですよ!」


「いやぁ、エリナちゃんの太ももが柔らかくて良い匂いがしたからつい」


(あの太ももで俺に膝枕していてくれたのか、あれはとても良い物だ)


 太ももをじっと見つめていることに気づいたのか、エリナは左手でスカートの正面を引っ張って太ももを隠し、無言で右手に持った杖の先端を俺へ向けてくる。

 悪かったとあやまると、エリナはほっぺたを膨らませながらプイッと顔をそらした。


「なあエリナちゃん、世界を救って欲しいとか言ってたけど。具体的に俺はこの世界でなにをすればいいんだ?」


 俺は辺りを見渡し、エリナちゃんに疑問を投げかける。

 燦々さんさんと照らす太陽。

 見渡す限りの青空と、あたり一帯を埋め尽くす草原。

 撫でるような心地よい風が草花を揺らす。

 一見救いが必要とは思えないこの世界は、どんな問題を抱えているんだろうか?

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