ペチャとポロンの冒険5
ポロンがハッとした時には既に遅かった。
巨大な目玉の主は水中で素早く動き、その目玉に見合った大きな口でポロンの足を咥える。そしてそのまま浮上して水上へと姿を現した。
「きゃー!!」
ポロンの悲鳴と共に水上に現れたのは、全長十メートル近くある、首の長い水竜であった。水竜の首の根元には太い胴体があり、そこから四つのヒレと尻尾が生えた恐竜のような見た目である。
「お姉ちゃん!!」
水竜によって宙吊りにされたポロンを見て、ペチャは杖を放り出して尻餅をついた。
ポロンはジタバタともがいて水竜の口から逃れようとするが、水竜がポロンを開放する様子はない。ポロンを口に咥えたまま、ただオモチャのようにブンブンと振り回している。
まさか森の中の湖に水竜が住み着いているなどと、二人は予想だにしていなかった。まるで薬草の守護者の様なその姿は、尻餅をついたペチャを恐怖で震わせる。
すると、宙吊りになりながらもポロンが叫んだ。
「ペチャー! 逃げて!」
逃げて。
ポロンは「助けて」ではなく、「逃げて」と叫んだ。喧嘩をしているとはいえ、ポロンは弟であるペチャの身を案じていた。あるいは怖がりな弟には自分を助けられないという諦めの気持ちも混じっていたのかもしれない。それでもとにかくポロンは、自分の身よりも弟の身を案じたのだ。
「でも、お姉ちゃんが……!!」
当然いくら怖がりなペチャでも、そこで「うん、わかった」と言って逃げ出すほど薄情ではない。いや、逃げ出す事すら怖かったのかもしれない。
ただブルブル震えているだけのペチャを、ポロンは更に怒鳴りつける。
「いいから早く逃げなさい!!」
そして拳を握りしめ、拳に怒の感情術を宿すと、水竜の鼻っ柱に叩きつけた。
ギャース!!
水竜は痛みを感じたのか、ポロンを口から取り落として悲鳴をあげる。
水面に落とされたポロンは急いで岸に向かって泳ぎだすが、そんなポロンを水竜はキッと睨みつけて大きな口を開けた。
ポロンは泳ぎながら三度同じ事を口にする。
「ペチャ! 逃げなさいってば!」
そこでようやくペチャは立ち上がる。そしてその場から逃げ出そうとしてピタリと立ち止まった。
水竜は怖い。大きくて強そうで、もし襲われたら小さなペチャなんかでは丸呑みにされてしまうだろう。でも、ポロンを失う方がペチャにはもっと怖かった。
ペチャは勇気を振り絞り、落とした杖を拾い上げると、杖を水竜に向けて大きな声で叫んだ。
「雷よ!!」
ペチャの体から湧き上がった魔力が腕へと、そして杖へと伝い、杖の先端から雷が放たれる。そしてポロンへと迫る水竜の頭に命中した。
ギャース!!
水竜は再び悲鳴をあげ、雷を食らった頭をブルブルと振る。
「やった!」
これでポロンが岸まで逃げる時間が稼げる、筈だった。
「あれ?」
つい今まで水竜から必死に泳いで逃げていたポロンが、水面にプカーっと浮かんだまま動かない。それもそのはず。ペチャが放った雷の魔法は、水竜を伝ってポロンまで感電させてしまっていたのだ。
「うわぁぁぁぁあ!! お姉ちゃーん!!」
今度はペチャが悲鳴をあげた。
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