ムチャとトロンの決断

 しばらくした後、なぜか爆笑しながら衛兵達に連れて行かれる強盗達を尻目に、未だ着ぐるみを着ているムチャと、エプロン姿のトロンは子供達に囲まれていた。


「クマさん強いんだね!」

「お姉ちゃん魔法使いなの!?」

「アナコンダフックしてごめんよクマ」

 金的の痛みはまだ引いていなかったが、元来子供好きなムチャは子供達にチヤホヤされて悪い気はしない。商店の店長にも干し肉やウインナーをどっさり貰い、トロンも満足気だ。バイト代も弾んでくれるそうだ。トロンが食べたウインナー代はしっかり引かれていたが。


 夕方になり、バイトを終えた二人は店長に用意してもらった宿のベッドで寝転がりながら、今後のことを話し合う。


「なぁトロン。次はどこに向かう?」

「うーん、ムチャに任せる」

 トロンは基本的に何事もムチャ任せだ。別に自主性が無いわけではないが、自分を寺院から連れ出して自由にしてくれたムチャの決断に従うのがトロンのポリシーだ。

「任せるって言われてもなぁ。寺院の奴らも追って来るし、魔王軍も俺達を狙ってくるのなら、あまり人のいる場所にも行けないし、そしたらお笑いもできないし……参ったな」

「うーん」

 クリバー学園でのサキュバス達の襲撃から、二人はこれからの自分達の行動を悩んでいた。全くもって関わりたくはなかったが、これからも二人が魔王軍から狙われるとなれば、周囲の人々に迷惑がかかる恐れがあるために人の多い場所に滞在するわけにはいかない。これは芸人である二人にとっては致命的である。二人はただ普通に芸人を続けたいだけなのに、何とも因果な星の下に生まれたものだ。お互い自分達の生まれについては詳しく知らないが。


 二人が悩んでいると、カーテンの閉まった宿の窓を何者かが叩いた。

 二人はハッとして、ベッドから跳び起きる。二人の部屋は二階にある。二階の部屋の窓を叩くなど、只者の仕業ではない。

「……トロン」

「うん」

 二人はそれぞれの武器を手に、窓辺へと歩み寄る。

「……開けるぞ」

 そして、勢いよくカーテンを開いた。

 すると、そこには漆黒の翼を広げ、ニッコニコの笑顔で手を振るエリートサキュバス見習いケセラの姿があった。


「またお前か!」

 ムチャが窓を開くと、ケセラは羽をたたんで窓から部屋の中に入ってくる。

「いやー、どうもどうも。お邪魔しちゃいましたか?」

「そういうフリはもういいよ。この前感動の別れをしたばっかなのにまた来たのか」

 そう、ムチャ達とケセラは、先日もうしばらく会わない感じの別れを終えたばかりであった。次に会うときは感動の再会をするつもりだったのに、ケセラはあっさりと現れたのだ。


「愛人枠だからって冷たくしないでくださいよぉ。いい男は同時に何人もの女性を幸せにできるんですよ?」

「やかましい、誰が愛人だ」

「今日はどうしたの?」

 ツンツンしているムチャに代わってトロンが問うと、ケセラは答える。

「そうそう、お二人にいいニュースがあるんですよ」

「「いいニュース?」」

「はい、プリムラ様の話だと、新生魔王軍はこれから本格的に人間達との戦争の準備を始めるから、もうお二人にちょっかいは出さないそうです」


 それは確かに二人にとってはタイムリーないいニュースであったが、物騒なニュースでもあった。

「ちょっかいかけられないのは嬉しいけどさ、戦争なんか始まったらお笑いどころじゃなくなるよなぁ」

「まぁ、それは一介の芸人であるお二人には関係ない話ですよ。もし魔王軍が人間達を滅ぼしても、お二人をプリムラ様の専属芸人にしてくれるように頼んであげます」

「余計なお世話だよ! それより戦争止めるように頼んでくれ!」

「プリムラ様もですね、この前の一件から本当に人間を滅ぼすべきか悩んでいまして、今南の島にバカンスに行ってます」

「なんでだよ!」

「南国のビーチでゆっくり考えたいそうです」

「自由過ぎるだろ……魔王軍ってそれでいいのか?」

「新生魔王軍は基本独立してますからねぇ。各々好きな方法で人間を滅ぼそうってスタンスなので」

「物騒な奴等だなぁ。まぁ、とにかくこれで俺達は逃げまわらなくて済むんだな」

「そゆことです」

 と、なると、戦争云々は別として、二人は好きな場所に行ける事になったわけだ。

「じゃあ、とりあえず王都にでも向かってみるか?」

「いいね。でも、南国もいいかも」

 トロンはプリムラが南国でバカンスをしていると聞いて、ちょっとだけ羨ましく思っていた。

「南国かぁ。それもいいかもな」

「私も王都よりは南国をオススメしますよ。戦争始まったら王都も騒がしくなっちゃうでしょうし」

「それなら決まりだな」

「うん」

 ムチャとトロンは互いに顔を見合わせて頷いた。


「次のステージは南国だ!」

「やったね」


 二人の脳内には、南国のフルーツに囲まれて、陽気な音楽に合わせてネタを披露する二人のイメージが浮かんでいた。

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