さらば! クリバー学園

 ツンツンと背中を杖で突かれ、ムチャは目を開けた。どうやらいつのまにか床に突っ伏して寝てしまっていたらしい。見上げるとそこには荷物をまとめたトロンがいて、ムチャは目をこすりながら小さく頷いた。


 部屋を見渡すと、レオもリャンピンもハリーノもエスペリアも、みんな床に横になって寝ている。窓の外はまだ暗い。


 ムチャはあらかじめまとめておいた荷物を手に取ると、トロンと共に皆を起こさぬように寮を出た。そして通い慣れた通学路を歩き、学園の出口へと向かう。


「でも良かったのかなぁ。みんなに内緒で出ていって 」

「いいんだよ。見送りなんてされたら学園から離れたくなくなっちゃうだろ。それに、どうせまたいつか会えるしな」

「ニパとプレグは? 一言言っといた方が良くない?」

「あいつらこそまた会えるだろ。お互い人の多い所に向かって旅してるんだから」


 二人は別れが寂しくなるのを嫌い、まだ暗いうちにこっそりと学園を離れるつもりだった。湿っぽい別れは彼等には似合わない。そう考えていたのだ。


 中等部校舎の前を通る時、二人は一度だけ、校舎に向かって深々と頭を下げた。学校生活が初めての二人にとって、学び舎は沢山の事を教えてくれた。勉強だけでなく、集団行動の良し悪しや、人間関係の複雑さ、友情や恋や情熱。それは二人で旅をしているだけでは決して得られない、かけがえのないものであった。


 頭を上げた二人は、後ろ髪をグイグイ引かれながら校舎に背を向けて再び歩き出そうとする。


 すると突然、校舎の灯りが一斉に灯った。


 二人が振り返ると、そこには校舎の屋上から二人を見下ろすクリバー学園の生徒達と教師達の姿があった。


「魔法学科生徒、用意!!」


 エスペリアの号令で、魔法学科の生徒達が一斉に杖を空に向ける。


「放て!!」


 そしてハリーノの号令で、生徒達の杖から空へと一斉に光が放たれ、光は空に巨大な卒業証書を映し出した。そして生徒達の中心に立つベローバが、その卒業証書を読み上げる。


「卒業証書授与、ムチャとトロン両名。貴方達は本校で多くの事を学んだ事をここに称する」


 ムチャ達が唖然としていると、今度はレオの声が聞こえた。


「武術学科生徒、用意!」


 レオの号令で、今度は武術学科の生徒達が休めの姿勢をとる。


「校歌斉唱!!」


 そしてリャンピンの号令で、皆が一斉にクリバー学園の校歌を歌い始めた。


 それは、皆が二人のためだけに用意してくれた卒業式であった。レオは二人が退学になったと聞いた時から、二人ならきっとこっそり出て行こうとすると予想して皆に根回しをしていたのだ。もちろん部屋で寝ていたのも寝たフリだ。


 ムチャとトロンの目には、ジワリと涙が浮かんだ。二人はそれをグッと堪えて、皆に向かって大きく手を振ると、校舎に背を向けて歩きだす。芸人が涙を見せるわけにはいかないのだ。


「お前らー!! 元気でなー!!」

「また会えるよねー!!」

「今までありがとー!!」

「お二人ともお元気で!!」


 校歌に混じって、友人達の声が聞こえてくる。

 校歌は徐々に小さくなり、やがて二人を送る別れの言葉の雨となった。


 二人はそれを背に受けて、昇り始めた朝日に向かい、一歩ずつ地を踏みしめて歩いて行く。再会の誓いを胸に抱きながら。


 去りゆく彼等の背を見送りながら皆は祈った。願わくば、彼等に旅と笑いの神の加護があらん事を、と。




「ったくよぉ。本当に黙って行っちまうとはな」

「ちょっとだけ寂しくなるね」

「うん、でも大丈夫だよ」

「えぇ、きっとまた会えますわ」

 四人は屋上から、もう見えなくなった二人の背中を、いつまでも見送った。


 そして二人が去った校門の陰には、涙を流す少女がいた。

「うぐっ……最後まで……渡せなかった……渡せなかったよぉ!! うわぁぁぁぁぁぁん!!」

 それは手に一通の手紙を持ったマリーナだった。泣きじゃくるマリーナを見て、ニパは困った表情を浮かべていたが、やがて優しく抱きしめた。


 朝陽がクリバー学園を照らす。


 クリバー学園には、今日も涼やかな鐘の音と生徒達の声が響く。ここで彼等は何を学び、何を得るのだろうか。知恵か、勇気か、それとも挫折か。それは誰にもわからない。しかし、彼等は一歩ずつ成長していく。


 輝かしい未来に向かって。


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