学園祭4

 二人はその後も、最後の学園生活である学園祭をめいいっぱい楽しむ。

 二人がこれまでの旅でこれ程長く一ヶ所に滞在したのは初めてであり、学園のどこへ行っても些細な思い出が蘇ってきて、離れるのが寂しく感じられた。


 もし二人がただの少年と少女であれば、普通にこの学園に入学し、卒業までの時を過ごす事ができたのかもしれない。


 しかし二人はお笑いコンビなのだ。世界中を旅して、多くの人々に笑いを届けるのが夢であり、目標なのだ。


「世界一の芸人になれば、きっとまたみんなと会える」そう思うと、二人の寂しさは少しだけ和らいだ。


 屋台で買った串焼きハンバーグを食べつつ魔法学部校舎の中庭を歩きながら、ムチャはふと思った。

「そういえば、ハリーノとエスペリアはどうしてるんだろうな」

「さぁ? きっとデートしてるんじゃない?」

 昨日の件でハリーノとエスペリアは学園一の有名人になり、学園公認のカップルとなった。


 中には二人をフェニックスとニワトリと言う者もいたり、世界樹とツクシと言う者もいるが、有名人には批判がつきものである。


 ムチャが二人の姿を探してキョロキョロしながら歩いていると、制服のローブについているフードをすっぽりとかぶって歩いている二人組みにぶつかった。

「あっ、悪い!」

「いてて……あれ? ムチャ!」

 フードの下から返ってきた声は、ハリーノのものであった。

「お前ハリーノか!? そんな格好で何してるんだよ」

「そっちはエスペリア?」

 もう一人がフードをチラリと上げると、そこには困り顔のエスペリアがいた。


「シーッ! 二人とも大きな声出さないでよ。追われてるんだ!」

「追われてるって、誰に?」

 ハリーノはシーッと指を立てたが既に遅かった。ハリーノという名前を聞いた一人の男子が、ムチャ達の方を見て高らかに声を上げる。

「いたぞー!! ハリーノだ!であえであえー! 」

 すると、辺りをうろついていた眼光の鋭い男子生徒達が、一斉にハリーノに向かって走ってくる。

「うわぁ! 見つかった!」

 逃げだすハリーノとエスペリアと一緒に、ムチャとトロンも走りだした。


 男子達は人々を押しのけながら、ハリーノ達を追っていくつも角を曲がった。しかし、いくつめかの角を曲がったところで急に四人の姿を見失う。ふと上空を見ると、ローブを着た男が杖に跨り飛んで行く。

「上だー!」

 男子達はそれを追って走って行った。


 男子生徒達が去った後、トロンの透明化の魔法で姿を消していた四人が姿を現わす。男子達が追いかけて行ったのは、トロンが幻影の魔法をかけた風船だったのだ。

「で、どういう事だ?」

「はぁ、はぁ……どうもこうもないよ」

 ハリーノは息を整えながら、自分達が男子生徒達に追われている理由を話した。


 理由は簡単である。あの男子生徒達はエスペリアファンクラブの会員達で、エスペリアと結ばれたハリーノに逆恨みをしているのだ。それだけならともかく、彼らはエスペリアがサキュバス化している時にハリーノが告白したせいで、エスペリアは告白を受けてしまったのだと固く信じている。つまりハリーノがズルをしてエスペリアと結ばれたと思っているのだ。更にはハリーノが実はインキュバスで、エスペリアを洗脳しているという噂まで流れているらしい。


 とにかく彼らはハリーノをとっ捕まえて、ボコボコにしようとしているのだ。彼らに関しては、プリムラに頼んで球にしてもらうのも良いかもしれない。


「なーるほどなぁ」

「有名人は辛いですなぁ」

「そんな事言ってる場合じゃありませんわ。これじゃ二人でデートどころか、話もできませんわ」

 ようやくエスペリアが口をきいた。


 エスペリアも彼らに噂は全くのデタラメだと言ったのだが、洗脳されていると思い込んでいる彼らには愛しのエスペリアの言葉も馬耳東風であった。更に彼らは「自分こそがエスペリアをハリーノから救うんだ」と、何か勘違いしているからタチが悪い。


「せっかく無事に学園祭を迎えられたのに……」

「これじゃサキュバス達に追われているのと変わりませんわ」

 うなだれる二人を見てムチャはふと思いつき、カバンを漁った。そしてカバンから取り出したのは、昨日ムチャのピンチを救った例のビンであった。

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