サキュバスパンデミック21

「そして私はその老人から、人間の女をサキュバスへと変える能力を貰ったの。私はこの力で全ての女を棺にして、全ての男達を幸せな夢の中に埋葬する。か弱く儚い人間達が、もう苦しまなくて済むようにね」


 プリムラはなんとも悲痛な人生、いや、サキュバス生を送ったものである。


「この子だってそう。産まれてすぐに両親が死んで、貰われた貴族の屋敷で酷い扱いを受けながら丁稚奉公させられていたところを拾ったのよ。魔法の才能があったおかげで、今では立派なエリートサキュバス見習いになってくれたわ」

 ケセラはプリムラの服にギュッとしがみつき、涙目でムチャを見た。人は罪深い。そして今はムチャも罪深い。


「あなた達だって、きっと色々な苦しみを抱えているはずよ。私がそれから解放してあげる。なんならその女の子とつがいにしてあげるわ」


 プリムラがムチャへと伸ばした指先から、煙のようにピンク色の魔力が伸びる。ムチャはそれを剣で斬り払った。


「やかましい! 余計なお世話だ! 生きてりゃ確かに色々あるけどなぁ、俺とトロンはこれまで旅をしてきて、どんな困難も乗り越えて来たんだ!」

「あ、痴漢さんと一緒にしないで貰えますか」

「おい!!」


 そんな二人のやり取りを、プリムラは微笑ましく見つめる。


「あなた達は強いのね。でもね、みんながみんなあなた達のように強い人間ばかりじゃないのよ」


 そしてプリムラは窓の外を指した。

 ムチャ達がそちらを見ると、そこにはサキュバス達に抱えられたハリーノとエスペリアがいた。


「ちくしょう!」

「放しなさい!」


 二人はジタバタと暴れるが、サキュバス達は微笑みを浮かべたまま二人を放さない。


「ハリーノ!?」

「エスペリアも」


 ムチャとトロンは慌てて窓に駆け寄る。


「あの子達も今、大きな痛みを抱えているわ。互いに想い合っているのに、己の弱さ故に相手を純粋に愛する事ができない。近くに寄り添うほど、無意識に心を傷つけ合ってしまう。まるでハリネズミのように……でも、こうすれば」


 プリムラが指をパチンと鳴らすと、サキュバス達は一斉にエスペリアを抱きしめた。そしてサキュバス達が抱擁を放すと、そこにはサキュバスと化したエスペリアが羽ばたいていた。


「ハリーノ……」

「エ、エスペリア!!」


 サキュバスと化したエスペリアは、微笑みを浮かべてハリーノへと近付く。そして愛おしげにその頬を撫でた。


「トロン、エスペリアを止めるんだ!」

「うん!」


 ムチャが窓を開け、トロンが窓から飛び出そうとする。

「野暮はダメよ。お二人さん」

 しかし、次の瞬間プリムラの放った金縛りの魔法により、二人の体はピクリとも動かなくなった。


「エスペリア! 元に戻って!」


 ハリーノは叫んだが、サキュバスが本来持つ、魅了の力を放つエスペリアの目に見つめられ、ハリーノはすぐに言葉が出なくなる。そして今すぐその唇に吸い付きたい衝動に狩られ、心臓は脈打ち、体が熱くなる。


「ご覧なさい。これであの二人は永遠に結ばれるの。お幸せに」


 エスペリアはハリーノの頭を掴み、ゆっくりと額を近付けた。

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